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色々な雑記。

正体は枯尾花

 

MASTERキートン』のドナウ川文明っていうのはいわゆるマクガフィンだ。マクガフィンの説明を辞書から引用。

「小説や映画などのフィクション作品におけるプロット・デバイスの一つであり、登場人物への動機付けや話を進めるために用いられる。」(Weblio英和辞書

「物語、映画などで筋の展開に効果を発揮する一工夫。ストーリー全体の中ではそれ自体は大して重要ではない。米国の映画監督アルフレド・ヒチコック(Alfred Hitchcock、1899~1980年)による造語。」(英辞郎 on the WEB:アルク

ちなみにWikipediaとその引用元を確認したところ、マクガフィンの名付け親はヒッチコック監督でなく、組んでいた脚本家のアンガス・マクフェイル先生だそうだ。マクガフィンについては、一躍世に広めたヒッチコック監督はあくまで舞台装置だから過剰に掘り下げて観客がサスペンスに集中できなくなることは避けるべきだとした。後年の映画監督には主人公と観客の関心の対象だから魅力的に描写しなくてはいけないとの立場を取る人もいる。作品のジャンルによっても最適解が変わってくる部分だと思う。

ドナウ川文明は、詳細がわからないからかえって偉大で魅力的に思えるという点では、ルイス・キャロル先生の『鏡の国のアリス』のジャバウォックにも通じる部分がある。つまり枯尾花としての正体が明らかになる前の「かいぶつ」だ。

マクガフィンでありジャバウォックである存在としては、サミュエル・ベケット先生の『ゴドーを待ちながら』のゴドーが有名だ。ゴドー(Godot)は一般的に神(God)の暗喩だと解釈されているけど、神自体がマクガフィンでありジャバウォックであるような存在ともいえる。

ところでマクガフィン、ジャバウォック、ゴドーの3つともがブリテン諸島出身の作家を起源に持っている(サミュエル・ベケット先生はアイルランド生まれ)。ブリテン諸島の文学は、読者を煙に巻くようなブラックユーモアや不条理が好まれる点が特徴の1つにあるとされる。結構煙に巻かれるのが好きな自分なんかは、これは日本人にも通じる部分で(落語とかは煙に巻くようなブラックユーモアや不条理が多い)、言わぬが花を好む島国気質が根底にあるんじゃないかと思っている。ライトノベルの『ブギーポップシリーズ』や青春小説の『桐島、部活やめるってよ』もこうした構造を持っている。