メモ帳用ブログ

色々な雑記。

死者とともに歩む

タッチ完全復刻版BOX5 (特品)

タッチ完全復刻版BOX5 (特品)

  • 作者:あだち 充
  • 発売日: 2019/09/12
  • メディア: 新書
 
クロスゲーム 全17巻完結セット (少年サンデーコミックス)
 

 『九十九十九』のテーマ性に関連して考えたこと。『タッチ』『クロスゲーム』を代表として、全あだち充漫画に共通する死者の扱いについて。

あだち充先生の作家としての矜持は亡くなった家族にさよならを言わないことにある。死者は死者であり決して蘇ったりはしない。それでも主人公たちが進むために切り捨てるべき対象ではなく、別れを告げて忘れるべき対象ではなく、進むためにこそ背負い続けてともに歩んでいくべき対象として描かれる。

 『タッチ』では主人公・上杉達也は幼馴染・朝倉南と両思いを確認しあったその場で、亡くなった弟・和也の墓参りにつきあうことを約束してもらう。最終話の最終ページでは達也の甲子園優勝記念皿と微笑む和也の写真がともに達也の自室に置かれていることが描かれる。

逆『タッチ』を編集者からオーダーされた『クロスゲーム』では、主人公・樹多村光が甲子園出場決定を勝ち取った話の最終ページで1枚の写真がインサートされる。写っているのは小学生の頃の樹多村光、幼馴染であり現在の想い人である月島青葉、そして青葉の亡くなった姉であり光の初恋の相手でもある月島若葉の3人だ。最終話で青葉は甲子園へ向かう荷造りをしながら若葉の写真を持ち「…行くよ ワカちゃん、 甲子園に――」と言う。光は青葉とともに若葉にそっくりなあかねについて語り合いながら「人が本当に亡くなるのは、 その人のことを思い出す人がいなくなっちゃった時なんだよな。」と呟く。最終ページで描かれる四つ葉のクローバーも四姉妹が欠けていないことの象徴だ。

こうしたテーマ性は『タッチ』がやまさき十三原作・あだち充作画の『夕陽よ昇れ!!』の完全なアンチテーゼになっている点から明らかだ。あだち充先生は『ナイン』『タッチ』で熱血のアンチテーゼ的な描写を行いつつも、その裏、その先にある熱さを示したことで、熱血をかえって補強してきた漫画家だ。だが『夕陽よ昇れ!!』と『タッチ』の関係は完全なアンチテーゼというほかない。

『夕陽よ昇れ!!』の女主人公は転校生の双子の兄弟と出会う。女主人公はできの良い兄と惹かれ合う。だが兄は病を抱えており、思いを確かめ合った直後に病死する。そして最終ページでは、隠れて女主人公に惹かれていたできの悪い弟が、女主人公と兄の思い出の品物である貝殻に対し「そしてきみがにぎりしめたその貝を いつの日か夕陽の海に捨てさせてやる」と決意する。これはできの悪い弟ができの良い兄を切り捨てて前に進もうとする物語だ。

これは1つの価値観として全く問題のない結論だと自分は思う。だが『夕陽よ昇れ!!』の連載中、あだち先生は担当編集者に対して何度も「辛い」とこぼしていたそうだ。また『夕陽よ昇れ!!』の原作者であり高校球児でもあったやまさき十三先生から、同時連載していた『ナイン』の内容についてあだち先生が怒られることもあったという。『ナイン』は当時としては新鮮な内容であり若手の編集者や読者からは支持された反面、ベテランの漫画家や編集者からの評判は芳しくなかった。ただ、その後やまさき十三先生は多くのインタビューで頑固で自分の意見を曲げずに漫画を描いたあだち先生を褒めるようになり、『クロスゲーム』が第54回(平成20年度)小学館漫画賞少年向け部門を受賞した際は推薦した審査員の1人になっている。

アニメ版『タッチ』は話数を重ねるごとに原作の『タッチ』と正反対のテーマ性へシフトしていき、やがて『夕陽よ昇れ!!』とほぼ同一の結論へたどり着く。