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『夜の食国』

『夜の食国』は実体験を元に再構成した小説で、人物名や地名は実在のものから変更している。ただモデルはわかりやすい。
特に面白かったのは作者が自分のことを他人の生活を嗅ぎ回るイヌだと自称していること。それでも世の中にまっとうに貢献したいというような葛藤も感じられる。後年になると完全に露悪で世の中を煽る方向に作風を固めてそちらで一定の読者を掴むようになる(『宮澤賢治殺人事件』もセンセーショナルなのは内容よりも書き方だ。告発しているのも宮澤賢治は生前から聖者となることを周囲から期待されるあまりに早死し、事実上殺されたようなものであるという点と、現在も聖者として祭り上げられることで人間として殺されているという点だ。そもそも作者は『下下戦記』を読めばわかるように実は宮澤賢治の愛読者なのにわざと批判的なポーズを取っている。マイルドに書けば、門井慶喜先生が執筆して直木賞を受賞した『銀河鉄道の父』と大きくは隔たらない)。だから『夜の食国』は中途半端な作風の時期で、売れなかった理由もそこにあるんだろう。でも自分はそういう半端な作品が気に入ることが多い。
特に興味深かったのは網元(漁船や網を所有する大漁師)と網子(労働力となる一般漁師)の関係。当時の漁業雇用は売り手市場。現地に複数の網元の家があり、どの網元も気前の良さを誇ることで網子たちを繋ぎ止めようとしていた。網子たちは流動的な労働力なので少しでもケチとみなされればすぐに見限られてしまう。だから網元は派手に金をばらまく反面、実生活はやりくりに苦労したという。気前の良さこそが美徳とされ、首長は尊敬を集めるが生活は質素、というパターンは狩猟採集民では一般的だ。それが戦後の日本の漁業民にも通じていたことを気付かされた。