文脈不足

千年前以上前の村の伝承が間違ってて村人ショック!って展開は中国だとどういう文脈なんだろう。
設定は荒唐無稽だけど描写は丁寧ってタイプの作品でもないから、中国のウェブ漫画のお約束を知らない自分には文脈がよくわからない部分がある。
武侠とかでも実は伝承と実際の善悪が逆だったみたいな展開はある。でも現実に矛を構えている敵対勢力との関係だったり、語り継がなければならない必然性も、真実を歪めなくてはいけない必然性も、真実だと信じなければならない必然性もある。主人公も信じていたものか裏切られて転機を迎えることになる。でも黒山村の伝承はせいぜい村の怪談くらいの位置付けだからなあ。勢力の争いにも、身分にも、宗教にも結びつかない伝承が千年前以上も存続できたことにはしっくりこないけど、まあそういうものだと思うしかない。
文脈として思いつくのは
①千年前以上前の伝承が間違っていれば現在でもショック。
1906年のど田舎なら伝承が間違っていることにショックを受けてもおかしくない。
1906年でもショックは受けないだろうけど創作上のお約束。
個人的には②なのかなと思っている。③かも?
現代日本的な感覚からすればショックを受けることにリアルな共感できないし、たぶん中国でウェブ漫画を読む層もそのはず?


あの世界の標準的な法師や法屍者の強さはどんなもんなんだろう。第1話の回想では9人の法師が1人の法屍者に襲われ、8人が死んで1人が逃げ延びた。三眼は姜明子と比べ物にならないくらい弱いけど、姜明子は作中最強格。三眼の強さの位置付けはわからない。第5話の村長の回想によれば三眼を退治しようとした法師は2人が2つの生首にされた(という表現だと思う)。第4話で黄二果は街の強い法師を呼ぼうかと提案して小小に止められたけど、もし呼んでいたとしたら退治できたんだろうか?


清朝末の動乱からすれば、定期的に他人を犠牲にしてでも、自分の家族だけは助かろうとする人間が出るのはわかる。ただ、文字通りの人食いで、機嫌を損ねれば村を全滅させるような法屍者と交渉を行うことの位置付けがよくわからない。中国だと露骨な宗教ネタはやれないこともあって、三眼は伝統的に生贄を捧げられてきた邪神じゃなくて、1年前に現れた会話のできる食人鬼だからな。中文版の第6話によれば3つの村がやっているんだから、あの世界ではある程度よくあることなのかも。日本語版では改変された部分だけど一応原文では

用神通加速吸收了那些真正有罪之人,即便过快的吸收反而对咱本身有害,但这次并非安逸修行是有债必还。

(神通力で真の罪人たちの吸収を加速した。たとえ速すぎる吸収がかえって害になっても、これは気楽な修行じゃなくて借りを返すためだからな。)
となっているので普通は少しずつ食べるものらしい。屍疫で大量の村人から吸収している時もじわじわしたペースだったし、そのくらいがちょうどいいのかも。525年だと屍疫を使ってうまく隠れながら吸収していたのに、1906年だと普通に人間を食べて人間に見つかったのはいきあたりばったりな性格だからなのかな。理由の説明があってもテンポが悪くなるだけだしカットしていいけど。
第8話では小小の父親が隣村で1人逃げようとしたが大屍仙の神通力からは逃げられず家族全員が殺された、自分が生贄になれば村人も妻と小小に迷惑をかけないだろうからいずれ法師が来るのを待ってくれ、と語っていた。小小の母親も生贄になる時に自分が行けば村人はもう何か言ってこないと言っていて、小小も三眼に村人を殺すと脅されて光たちを連れて行こうとした。村への借りを返すためという大義名分に白家自らすがるしかない状況に追い込まれた。どうしようもない状況での思考停止が主だろうけど、村への愛着もあったからこそ逃げ場をなくしたらしい。小小の言った前はこんなんじゃなかったというのは本当だろう。
せめて小小の父親が言った通りに法師が三眼を倒せていればな。案外、村の主犯(村長?)の方も法師が来たらすぐに三眼は倒してもらえると思っていたのかも。それで、その時点でもう殺されても文句は言えない罪にはなるけど、自分の家族の安全を確保するために小小の父親だけを生贄にするつもりだった。3つの村から生贄を出しているから、自分の村からはもう生贄は出さなくていいと思いこんでいた。なのにたまたまやって来てくれた2人の法師が瞬殺されてしまって、もう三眼にすがって生きるしかないと思考停止してしまう。それでどんどん三眼を崇め奉るようになった、とか。
これは村長に最大限好意的な解釈だから村長が最初から外面だけいい極悪人だったということもあり得る。だけど交渉の経緯も、村人のどれだけが村の方から三眼に交渉を持ちかけたのを知っていたのかも最後まで明かされないから、何もかも想像に頼るしかない。