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猟奇ミステリーを題材に倫理とマイノリティのあり方を描いた漫画だと乃木坂太郎先生の『幽麗塔』が面白い。

幽麗塔(1) (ビッグコミックス)

幽麗塔(1) (ビッグコミックス)

説明
犯人は、幽霊なのか、人なのか・・・・・・

時は昭和29年、舞台は神戸。ニートの天野は、幽霊塔と呼ばれる時計塔で、白い何者かに襲われ死の寸前、謎の美青年・テツオに救われる。テツオは曰く「幽霊塔の財宝探しを手伝えば、金も名誉も手に入る」。しかしテツオの正体は、男を装う女であり、その名も偽名であった・・・・・・・・


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終戦から間もない時期を舞台とした推理ものにふさわしいエログロエンタメぶりと、徹底的に真面目なテーマの扱い方が面白い語り口になっている。
「ゆうれいとう」といえば江戸川乱歩推理小説にも『幽霊塔』がある。その江戸川乱歩の小説は黒岩涙香推理小説『幽霊塔』を翻案したもので、その黒岩涙香の小説はアリス・マリエル・ウィリアムソンの推理小説『灰色の女』を翻案したものだ。江戸川乱歩の『幽霊塔』は、宮崎駿監督の『ルパン三世 カリオストロの城』影響を与えたことでも知られている。

幽霊塔

幽霊塔

漫画『幽麗塔』は江戸川乱歩の味付けを参考に、黒岩涙香推理小説『幽霊塔』を改めて翻案した作品という位置づけになるそうだ。登場人物やギミックの一部は黒岩涙香の小説からとっているが、展開はまったく新しいものになっている。
幽霊塔

幽霊塔

漫画『幽霊塔』の作者は『医龍-Team Medical Dragon-』で作画(と原案以後のストーリー)を担当した乃木坂太郎先生だ。性同一性障害や生命の選択などの難しい問題を真摯に扱うと同時に、エンタメとしても素直にのめり込めるストーリーが展開される。いわゆる臓器くじ問題を題材にしたエピソードも面白かった。有名な題材だけに下手をすると題材倒れになりかねないところを、登場人物達の人間味に丁寧に肉付けがしてあって、全員の葛藤から目が離せなかった。
キャラの個性の見せ方がとにかくうまい。扱う問題は現代でもスッキリとした解答が出ていないものばかりだからこそ、あくまでこの人物だからこの選択をした、正解はない、という点が明確に示されている。教条的なだけの正義感を押し付けることはとことん避けられている。なおかつ単なる開き直りを良しとせずに、その人物がその人物なりの道を選び取るために足掻く力強さを描いている。
キャラ配置としては、たぶん、男装の麗人で文武両道のテツオがホームズ的な主人公、小市民的だが根は真っ直ぐな天野がワトソン的な語り手ということになるはず。ただ、天野を主人公、テツオをある種のヒロインという風に捉えてもいいのかもしれない。
天野の小市民的な視点を忘れないままの成長は清々しい。
テツオは天性の才覚や凛々しさと、押し隠している女性としての身体という葛藤を抱えている。テツオはしなやかな手足をしていると同時にバストもヒップも豊かで女性らしく美しい肉体を持つ。テツオの豊富なサービスシーンはアンバランスな美を示すためにも、純粋にエンタメとしても、昭和の乱歩的な雰囲気づくりとしても作品に欠かせない。ただ本人が女として見られるのを嫌がっていることを考えると、サービスシーンを喜ぶのは不実であるような、だからこそ良いような複雑な気持ちになる。
女性キャラクターとしては沙都子が気兼ねなく可愛さを楽しみやすい。沙都子はあらゆる面で可愛い。自分は特に後半の沙都子が好きだ。最後に選んだ道にもなるほどと思えた。
親子や親子的な関係、仲間内での感情のもつれも重要な主題の1つだ。庇護を隠れ蓑にしたただの支配、支配でありながらも紛れもなく愛でもある感情、その両方の描き方が素晴らしい。
前半のテーマとキャラの個性を明確にするショートエピソードは完成度がとても高い。幽霊塔を舞台にしたパートはアングラ感にドキドキするだけでなく冒険ものとしてもワクワクした。終盤はエスカレートするトンデモエンタメぶりと生真面目なテーマのバランスが少し大味に感じてしまうところがあったけど、最後は爽やかに終わったから総合的な満足感がとても高い。