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色々な雑記。

黒山村のエピソードはぱっと見だと

①千年以上に渡って法屍者を崇め奉ってきた村が滅びる。

②制度的に千年以上差別され村に縛り付けられてきた身分の人間が復讐する。

って話のように思えるけど、どちらも違う。

まず①だと、黒山村の人間は三眼を長年崇めていたわけではなく、過去の行いも何一つ知らなかった。無差別に人間を食う法屍者がいたから、近隣の村の年寄りたちが自分の家族が食われないように他の人間を身代わりにしたと言うだけ。黒山村村長の大屍仙様は村を守っているという言い分は、村をまるごと巻き込むための言いわけである可能性が多分にある。日本語版だと紛らわしい台詞はあるけど、村を守るために三眼の復活を手伝ったわけでもない。あくまで建前としては、法屍者が村人全員の命を人質にして生贄を要求したということになっている。

②だと、白家は悪い噂の伝承される家ではあっても被差別身分ではない。冤罪のせいで意識としての借りは持っていたが、賠償金を背負って賤民に落とされたわけではない。中国では近代になるまで庶民を特定の行政区分に縛り付ける制度ないか機能しておらず、白家も制度として黒山村に縛られていたわけではない。白大の妹の子孫は隣村から黒山村に引っ越してさえいる。主人公の光曰く、檻もないのに逃げないのは家畜以下だそうだ。このエピソードの光の発言は全て、一面的には一理あるように見えて、別の面からは誤りであるという構造になっている。

南北朝時代から清代までは幾度も易姓革命も戦争も災害もあり、そのままの形で継続できた身分制度も統治制度も存在しない。周代には存在した卿・大夫・士という支配者の身分制度も唐代で完全に崩壊する。これらの言葉は科挙によって登用されることが可能な官職名に名残があるばかりとなった。かつては貴族的な身分を指した士大夫という言葉も後には地主・知識階級を示すようになる。封建的身分制度と社会階級は似て非なるものだ。

 

1906年前後の黒山村に起きた出来事は「清代末という乱世の時代、村の近くにいた武装勢力のせいで犠牲者が続出した。村の有力者が懐柔して利用しようとし、弱い立場にある村民が犠牲となった。しかし武装勢力がその犠牲者の先祖にかつて恩を受けた立場であることが判明し、犠牲者の遺族へ武力を授けるから自分と村人に復讐するようそそのかした。その遺族は復讐を行うが、途中で自らも不幸な遺児を作ってしまったことに気付き、武力を放棄してその遺児に刺される」というもの。なんだかんだ千年以上白家と村人は共存し、何度も戦乱や災害を乗り越えてきたはずだった。それが三眼の表れたせいで、人間関係の僅かなひびから取り返しのつかない破局に陥った。

そもそも西暦525年にまず屍疫を流行らせたのも、その後白大が村人殺害の冤罪を受ける形で大量殺人を行ったのも三眼だ。西暦525年の事件では薬師でやや裕福な白大に対する村人の嫉妬が背景となっていた。

どちらも人間関係の僅かなひびが原因となって起きた事件であり、人間の醜さが生んだものではある。ただ運命のいたずらさえ起きなければ問題が表面化することがなかった程度のひずみでもあると、作中では位置づけられている。