某メタ系アメリカンパニックホラーと同じで、西暦1906年の黒山村の住人は人外の存在に気がついた時点ですぐに自分だけ逃げるのが唯一の正解だった可能性がある。三眼は千里眼を持っており、西暦525年では村から遠く離れた白大と阿柴を見逃さずに傀儡に追いかけさせた。でも目立たなければ運良く見落とされる可能性もゼロではない。
某メタ系アメリカンパニックホラーは映画版で付け足されたラストも含めて、主人公が最善の選択のつもりで行った決断がことごとく裏目に出るというのが徹底している。いっそ清々しいくらいだ。主人公補正のない人間が主人公らしく振る舞おうとして悲劇に突き落とされる系。主人公は理性的で合理的に行動しているつもりだし、観客から見ても主人公の決断には納得できてうまく行くのを祈りたくなる。ごく僅かな情報しか得られず苦闘する主人公の視点は観客の視点と終始一致している。だからその失敗に心が動く。
冒頭の、絵に描いたアメリカンな英雄(アメリカ人にとって大自然と戦う開拓者精神を象徴する西部劇風な出で立ちのガンスリンガー(な某作品の主人公))が強風で折れた大木という非人間的な存在になすすべなくなぎ倒される、というシーンがストーリーの全体を暗示していて親切な作りだ。