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第210話『甘い嘘』での鯉登の「月島 お前はどうして…」という言葉について考える。

この回で鯉登はかつて鶴見が尾形親子を騙して利用し、今は自分たち親子を騙して利用しようとしているのではないかと月島を問い詰めた。質問をはぐらかすばかりの月島に痺れを切らした鯉登は、もういい、父の前で鶴見自身に白状させる、と吐き捨ててしまう。月島は「あなたたちは救われたじゃないですか」と言い、騙して利用したことを認めた上で、鯉登親子はむしろ得をしたはずだと説き伏せようとする。

月島は尾形が自分の父親を殺せて満足できていることを説明する。一方、自分も騙されて利用されたことを告白する。かつて鶴見から戦友として愛情を注がれ、自分も鶴見に愛情を感じて尽くしてきた。だがそれは忠実な手駒を作るための数年に渡る策略だったと気が付いてしまった。「でもまあ… 別に良いんです 利用されて憤るほどの価値など元々有りませんから 私の人生には」。

月島は鶴見が鯉登親子や尾形親子、自分、第七師団などを利用して成し遂げようとしている内容を改めて確認する。金塊を資金源に北海道で軍需産業を育成、政権転覆により軍事政権を樹立、第七師団の地位向上、第七師団の戦友が眠る満州を日本の領土に、というものだ。鶴見が最終的に目指すもの、本当の目的はわからない。だが本当の目的へ至る過程だとしても、鶴見がこの計画を成し遂げてくれるなら、鶴見の言葉を信じてついて行く兵士たちは救われるんだから、何の文句もないはずだ、と言う。この口ぶりからは自分も第七師団の戦友を騙していることに対する罪悪感と、それをごまかそうとしてもごまかしきれない憔悴が感じ取れる。鯉登に対してきつい言い方になっているのも同様の感情によるものだ。

ここで鯉登が月島に「月島 お前はどうして…」と問いかける。確かに自分たち親子は誘拐事件を経て関係が改善された。自分が海軍将校の道を諦めて陸軍将校の道を選べたことにも感謝している。尾形も父親を殺せて満足できたのだから、一時は鶴見に従ったのだろう。鶴見の言葉を信じてついて行く兵士たちも、確かに計画が実現できれば救われるはずだ。だが月島はどうなのか。元々第七師団の人間ではなく、北海道の人間でもなく、自分の人生には利用されて憤るほどの価値もないと自嘲するばかりの月島は、なぜ鶴見に従っているのか。

だって… 何かとんでもないことを成し遂げられるのは
ああいう人でしょう?
私は鶴見劇場をかぶりつきで観たいんですよ
最後まで

月島は自分がこれだけ利用され、戦友を騙し、汚れ仕事に手を染めてきたのだから、それと引き換えに鶴見が「何かとんでもないことを成し遂げ」るところが見たいのだという。自分の払った犠牲が何か大きなものの糧となったことを確認したい。自分だけでは自分を肯定できなくなってしまったから、鶴見に捧げた自分の仕事が何か甚大な結果を引き起こすところを観たい。自分が支払ったものの価値を、自分自身の価値を、目に見える形に変換して確認したい。

何かはとんでもなければ何でもいい。正義でも悪でも構わない。後に月島はもし鶴見の本当の目的がウイルクとアシㇼパへの復讐ならぶっ殺してやると憤ることになる。憤ったのは鶴見の目的が邪なものかもしれなかったからではない。ちっぽけなものかもしれなかったからだ。

この月島の告白を聞いて、鯉登はすぐに受け止めることができなかった。だがアシㇼパの故郷で改めて話の続きをした。

鯉登は鶴見と月島を最後まで見届ける覚悟でいるという。鶴見について行ったみんな、第七師団の部下たちなどが救われるためなら、自分や父が利用されても構わない。だが鶴見に本当の目的があるのなら確かめたい。納得できる正義がないのなら自分たちは後悔と罪悪感にさいなまれる。ただ鶴見が卑小な目的を持つ人間とは思えない。月島が鶴見を信じられないままついて行くしかないというのなら、自分は鶴見を前向きに信じるから、月島はその自分を信じてついて来てくれ、と。