メモ帳用ブログ

色々な雑記。

鯉登は悩んでいるところが描写されるのではなく、隠された悩みがあることを示唆されるという、書き手にも読み手にもひと手間必要な心理描写が適用されることが多い。基本的には感情に素直なこともあって、胸の奥に沈んでいるものがあっても他人からは気付かれにくい、だが確かに存在する、というキャラ造形になっている。
鶴見が自分の本当の目的は日本繁栄だとアシㇼパたちに語り、鯉登と月島は喜んだ。だがアシㇼパたちを助けるために有古が鶴見勢力を裏切り、逃げたところを月島に容赦なく撃たれる。この時実は同じくスパイだった菊田が有古を助けて死なずにすんでいるのだが、鯉登や月島はそれを知らない。有古を撃った直後の月島の目は不気味な輝きに満ちていた。
鯉登はかつて逃げたい者は放っておけばいいと言った。それと有古の裏切りはわけが違う。人質にされた妻子と逃げようとしたのではなく、有古は敵の首魁ともいえる女たちを逃がそうとした。それでもついさっきまで同胞であり部下だった相手を殺害することに鯉登はためらいを感じたのだろう。鯉登は月島とともに教会を出たが、その玄関口で立ちすくんでいた。
月島が有古を撃ったシーンでは、衝撃を受けた菊田とアシㇼパの表情がクローズアップされている。一方で目に輝きを宿した月島のコマのある最終ページには、横たわる有古とそれを教会の玄関口で見ている人影が描かれたコマも配置されている。その人影が鯉登だ。鯉登はこの場面で表情も反応もすべてが隠されており、隠されている事がさり気なく示されることで胸の内が描かれている。
月島はアシㇼパの追跡を続け、鯉登はその旨を鶴見に報告した。鶴見は暗号を解く鍵は手に入ったらもうアシㇼパの追跡を続ける必要はないと言う。それを聞いて鯉登は、鶴見がアシㇼパたちに対して見せた恨みに満ちた態度は情報を聞き出すための演技だったのだと納得しようとする。「ホラ見ろ 鶴見中尉殿はすごい」と大泊の時のような言葉を使って、大泊の時のように冷や汗をかきながら(冷や汗と雨が紛れる描写)、大泊の時のように自分に無理矢理言い聞かせようとした。だが鶴見は自分と月島が盗み聞きしているのに気付いており、自分たちに対する演技も込めてアシㇼパたちに対応していたことを悟ってしまう。それでも鯉登は、全てが演技とは限らない、正義を語った先程の言葉を信じてもいいじゃないか、と再び自分に言い聞かせようとする。だがあの言葉自体が嘘だったかどうかは置いておくとしても、鶴見が自分たちにわざと気が付かないふりをして演技し、思考を誘導して支配しようとしていたことには変わりない。鯉登は鶴見がそういう人間であることをどうしようもなく理解してしまった。この時の鯉登も教会の玄関口で立ちすくんでいた。
それでもなお鶴見が自分たちとまっすぐ向き合ってくれることを鯉登は期待していた。指揮官としての誠実さを持っていることを願っていた。その思いは五稜郭の、かつて自分が数日間監禁され、鶴見から自作自演で救出されたあの建物で完全に裏切られてしまう。