メモ帳用ブログ

色々な雑記。

花沢勇作みたいな生まれも育ちも生粋の羊、みたいな人間も軍人になるよう求められるんだから、世襲制はやはり現代的価値観からは否定されざるをえない。将校が直接敵を殺すことは滅多にないんだけど、人の生き死にに関わる仕事はやはり向き不向きが大きい。勇作の性格だとあのまま順調に出世していても部下が戦死したら気に病んだだろうし。
勇作は優しいけど戦争反対論者じゃないし、無用な殺戮は厭うだろうけど敵を殺すこと自体には反対しない。アシㇼパも和人と戦争する道は選ばなかったけど、金塊争奪戦で死者が出ること自体は必要最低限受け入れている。そんな2人は尾形からすると、周りに手を汚させているくせに自分はお綺麗なまま守られて高みの見物しやがって、ってムカついたのかなと最初読んだ時は思った。でも人間臭すぎて尾形はこういう考え方しないかな。
とりあえず勇作が人を殺そうとしない点が尾形の気に障ったのは間違いない。既に銃が主体の戦場で、あんな銃弾が飛び交って、旗手である勇作は護衛もたくさんついていて、聯隊旗も持っているのに、勇作が剣を抜いても戦力になるどころか足手まといになるとしか思えないんだけど、それでも殺意のまるで感じられないヌルさみたいなのを尾形は敏感に感じ取っていたんだろう。普通の旗手は、いざ敵と相対したら役に立つかはさておき戦おうとする意気くらい見せて当たり前なんだろうし。
実際、将校がいざという時でさえ自分だけは手を汚す気はないと知ったら、偶像視する兵よりムカつく兵のが多いんじゃないかと思う。花沢幸次郎が偶像どうこうの謎なことを言い出したのは、勇作に人殺しをしない言い訳を与えようとしたのか、もしくは自分が過去に軍人として人殺しをして罪悪感に苦しんだ反動から息子だけは昔の自分のようにお綺麗な子どものままにしておきたかったのか、それとも人気のある勇作なら本当にアイドル路線でいけると思ったのか。
英語「idol」の意味・使い方・読み方 | Weblio英和辞書
勇作は父親から「日本のためにこの命をどう役立てるか考えなさい」と言われてきたことを杉元に語っている。花沢幸次郎は、親友の鯉登平二の長男が戦死しているんだから、息子を軍人にしたら命を失う覚悟をしなくてはならないことは理解していたつもりだったはずだ。鯉登平二は次男さえ将校の道を歩ませた。だが、やはりこの点も鯉登平二と同じく、どこかで本当に覚悟しきれていない部分はあったのだろう。本妻との一人息子を失う覚悟をするのなら、少々の恥など忍んでスペアの息子を確保しておかなければ、御家断絶という本当の大損害を招きかねない。尾形が花沢幸次郎の隠し子であることは既に第七師団の皆が知るところとなっている。打算的な人間なら当然リスクに備えるし、作中ではまさにそのリスクが現実のものとなった。明治の人間にとって御家存続の価値は本当に重かった。花沢幸次郎も本妻との間に男児が生まれるまでは男児を確保するために尾形親子と交流を続けていたくらいだ。それなのに花沢幸次郎は勇作を失った後さえ尾形と接触を持とうとしなかった。
話を戻すと、尾形はお綺麗なまま守られる勇作にムカついた部分はまったくないわけではないだろうけど、ほぼないようだ。後の展開で宇佐美との会話の回想によりこの時の心情が整理されている。尾形は、誰でも罪を犯しうるし、だから誰を殺しても誰も罪悪感なんて生じない、みんな自分と同じだ、自分はおかしくない、と思い込みたかった。だが勇作のような人を殺さない人間の存在や、人を殺すと誰もが罪悪感が生じる、少なくともそういう人間が多数派であることを認めると、やはり自分がおかしかったことになってしまう。だから勇作とその考えを否定しようとした。だが勇作を殺したら強い罪悪感が生じてしまった。さらに尾形はアシㇼパが自分を殺そうとでき、同様に勇作も人殺しはできただろうと考えた後も、勇作を殺害したことに対する罪悪感を拭えなかった。