メモ帳用ブログ

色々な雑記。

以下に長々書いていることはアシㇼパが12〜13歳の少女であることを正気の頭で意識してしまうとぶち壊しなので、ゴールデンカムイは正気の漫画でないことを念頭に置かなくてはいけない。当時からしてもアシㇼパを一人前として扱うことは逆に弱者の搾取になりかねない気がするんだけど、ゴールデンカムイはハンデを乗り越える強い人間たちが主役の漫画なので、まあ。野田先生はゴールデンカムイが弱肉強食の漫画であることを何度も語っているし、ファンブックのインタビューでも結びの言葉として何かメッセージはあるかと聞かれ、「悩める若者に対しては、特にないですね。この世は弱肉強食。弱い者は食われます」と答えている。ただ直接的にアシㇼパの年齢を出すと流石にきついからぼかしているのかなとは思う。質問箱やインタビューやファンブックなどを参考にすればだいたいのキャラの年齢はわかるけど。鯉登兄弟みたいに作中で年齢が明示されているキャラのが珍しい。特に兄の平之丞なんて最終回までの間に2コマしか出てないのに。

繰り返しになるけど、自分は列車で鯉登が月島を鶴見の元へ行かせなかったことは、

鶴見中尉殿と月島軍曹を最後まで見届ける覚悟でいる

というかつての約束に対する裏切りであり、月島に対して鯉登の意思を強制したことになると考えている。
月島はこの約束の以前に

私は鶴見劇場をかぶりつきで観たいんですよ
最後まで

と言っていた。しかし列車では自爆攻撃により途中で命を使い果たそうとした。その自爆を鯉登が止めた。すると今度は鶴見の延ばす手を月島は重傷を負ったまま掴もうとした。鶴見は杉元たちとの戦闘を控えており、そこに月島を同席させようとした。おそらくこの時月島は戦力になろうとしたのではない。月島は自分の取り落とした銃すら拾えず、鶴見はそれでも月島を呼び、月島はその声に応えようとした。月島はこの時鶴見の下で自分の命を最後まで使い果たそうとしたのだ。
月島を止めようとした時の鯉登は、まだその思いを理解しきれていなかったかもしれない。

上に行けば死ぬぞ

と説得しようとしたのもそれで月島が止まってくれるのを期待してのことだろう。だが月島は

俺は鶴見中尉殿のそばで全部見届ける!!

と言って振り切ろうとした。ここで鯉登はいよいよかつての約束を破り、月島に自分の意思を強制せざるを得ないと決意する。鯉登は月島の体を両腕で抱きしめ、月島でなく鶴見に月島を上へ行かせないように頼み込んだ。列車に乗る以前、鶴見は月島が無意識について行こうとしたところを呼び止めていた。だから月島の意識がいくら自分について行こうとしてもそれが心の底からの願いでないことを鶴見は察していたはずだ。しかし鯉登はそれを知らない。鯉登は自分が月島の意志をその手で捻じ曲げようとしていると考えていただろう。月島を自爆から鯉登が救ったことは、あるいはほかの人間だったら、自分の望みを月島に強制する自己正当化に使えたのかもしれない。しかし鯉登は、かつて鶴見に助けられた月島が鶴見の支配により苦しんでいるのを知っており、そこから解放したいと願っていた。だから鯉登は自分が月島の願いを潰したことと向き合わなくてはならない。
自ら死のうとしている人間の意志を変えることは難しい。一時的に阻止しても相手の人生に対する絶望を変えなければ同じことの繰り返しになるか、相手を死んだまま生かすか、そのどちらかになる。救いたいのなら本気の覚悟で相手の人生に踏み込まなくてはならない。
それでも鯉登は自分が月島を抱きとめたことを一生後悔しないだろう。月島にもあそこで押しとどめられたことを一生後悔はさせない。
杉元の相棒となったアシㇼパと、月島を自らの右腕とした鯉登の最大の違いはここにある。この2組の関係は共通点が多い。しかしアシㇼパは杉元の「するな」という声に逆らい自ら行動を起こして対等の存在となり、鯉登は「するな」と強制して月島の上司になった。
樺太で杉元はアシㇼパの身を案じ、手を汚して自分のように元に戻れなくなってほしくないと思うあまりにアシㇼパの意思を捻じ曲げようとした。

相棒の契約更新だ

と口では言いつつも

金塊を見つけてすべて終わらせる
アシㇼパさんをこの金塊争奪戦から解放するんだ

と内心考えていた。自分は鶴見の下で金塊を発見し、アシㇼパは鶴見に保護させておくつもりだった。アイヌの未来を考えるアシㇼパの意思は無視しようとした。アシㇼパにその点を勘付かれた際は金塊争奪戦から下りるように勧めた。
だが杉元の思い上がりは白石に見抜かれ、喝を入れられる。

へんッ
おめえがアシㇼパちゃんを正しい道に導くってか?
恋人でも 嫁でも 娘でもねぇのに…

いまのお前はなぁ
「人生に守るものが出来た」と勝手に思い込んで
冒険が出来なくなったショボショボくたびれ男だ

全部覚悟の上でアシㇼパちゃんが「アイヌを背負いたい」というなら背負わせりゃいいだろッ!
彼女を自立した相棒として信じればなぁ
お前は元のギラギラした男に戻れるのに…

そしてアシㇼパは

私のことは私で決める

と言い、自ら鶴見たちを振り切ってみせた。そして

杉元!
相棒ならこれからは「するな」と言うな!!
何かを「一緒にしよう!」って前向きな言葉が
私は聞きたいんだ!

と覚悟を伝えた。
ただアシㇼパは、杉元にいざとなれば自分も人を殺して一緒に地獄に落ちる覚悟だと伝えても拒絶されるだろうことはわかっていた。だから黙っていた。尾形との戦いを前にやはり杉元はアシㇼパを置いていこうとした。そして杉元が尾形に殺されそうになった際、アシㇼパは迷わずに尾形を毒矢で射った。杉元はそれを見て悲しげな笑みを浮かべた。相棒なのにアシㇼパの覚悟を甘く見ており、するな、ここにいろ、と言うばかりで、一緒にしよう、共に戦おうと言ってあげられなかった自分に気付いたからだ。そのせいでアシㇼパに長く一人きりで覚悟を背負い込ませてしまっていた。杉元は尾形との戦いでアシㇼパの覚悟を追認するかたちで「アシㇼパさん射てッ」と言った。
一方で月島は自立した人間でも、鶴見の相棒でも、鯉登の相棒でもない。右腕は本体あっての右腕で、不可分の存在で、自立するものではない。
月島は列車で鶴見に呼ばれ、その隣で自らの命を使い果たして死のうとした。それは鶴見の精神支配を受けていたためであり、心の底からの望みではなかった。だがそんな月島を死から遠ざけた鯉登もやはり自らの望みを強制したのだ。鯉登はこの時月島の命を救うために「行くな」と命令し、従わせ、名実ともに月島の上官になった。今までのような、鶴見の幹部同士のある意味対等とも言えような無邪気な関係からは卒業せざるを得なくなった。もし鶴見が鯉登の期待していたような人間だったら、鯉登と月島は鶴見の両手の花同士で対等な関係のままでいられたのかもしれない。2人で1人の顔となり、鶴見の隣に並んでいたあの写真のように。
鯉登は、しかし鶴見のような指揮官になる道を選ばなかった。鯉登は一段落後、

だからこそ優秀な右腕となる人間が必要だ
月島軍曹
私のちからになって助けてくれ

とまっすぐに語り、月島はそれに応えた。
「私のちからになって助けてくれ」とは鯉登が鶴見からかけてもらうことを望んでいた言葉であり、月島もそれを知っていた。鯉登はかつて、鶴見が自らの目的を成し遂げるためにまっすぐに鯉登に助力を求めてくれる上官であることを期待していた。あくまで主体は鶴見であり、上官である鶴見の目的のために部下である鯉登が鶴見の力の一部になるという関係だが、そこには確かな信頼と愛情がある。一緒に行動する者同士のきずながある。ただ一方的に命令が下されるような断絶した関係ではない。立場の上下はありつつも、人と人が存在として平等であるが故に生まれる繋がりも確かにある。そうしたものを鯉登は鶴見に願うようになっていた。盲信から冷めた後の、これが鯉登なりに鶴見と結び直そうとした関係のあり方だったのだろう。しかしその願いは叶わなかった。
それでも鯉登は、他人に自分の理想の上官になってもらおうとするのではなく、自分自身が自分の理想とする上司になって部下に接しようとした。そんな鯉登の誠実さは月島の心を確かに救った。『戦争における「人殺し」の心理学』によれば

真に優秀であるためには、指揮官は部下を愛し、責任感と愛情のきずなで互いに強く結びついていなくてはならない。

のだという。