メモ帳用ブログ

色々な雑記。

大切なことなので何回でも確認する。
奉天で月島が佐渡訛りの男と出会ったことで起きた騒動が落ち着いた後の月島と鶴見の会話。

鶴見:
覚悟を持った人間が私には必要だ
身の毛もよだつ汚れ仕事をやり遂げる覚悟だ
我々は阿鼻叫喚の地獄へ身を投じる事になるであろう
信頼できるのはお前だけだ月島
私を疑っていたにも拘らず
お前は命がけで守ってくれた
月島:
鶴見中尉殿に救われた命ですから
残りはあなたのために使うつもりです
そして死んでいった者たちのためにも
鶴見:
いまその言葉が月島から聞けてよかった

鶴見は最後の台詞を言いながら佐渡訛りの男と目を合わせて不敵に笑った。これはよほど勘ぐらなければ鶴見と佐渡訛りの男が共謀しており、月島にその言葉を言わせるためにわざといご草ちゃん絡みの嘘を月島にも信じさせて一芝居打ったということになる。よほど勘ぐれば実は佐渡訛りの男は鶴見と対立する勢力の工作員で、鶴見と月島を反目させるためにいご草ちゃん絡みの情報を流したが鶴見に見破られ、鶴見は月島と和解したところを佐渡訛りの男に見せつけつつ不敵に笑ったという可能性も考えられなくはない。なぜ天幕の横を通って中をうかがっている男が工作員だと鶴見がひと目で見破れたのかという疑問は置いておく。だがその可能性は後の展開を考えれば否定されている。だから鶴見は「鶴見中尉殿に救われた命ですから 残りはあなたのために使うつもりです そして死んでいった者たちのためにも」と月島に言わせたくてわざわざ工作したのは間違いない。
月島のこの言葉は鶴見の「我々は阿鼻叫喚の地獄へ身を投じる事になるであろう」というセリフを受けたものだ。月島は、自分を救い自分を地獄に連れて行く鶴見と、既に死んだ者たちのために、自分の残りの命を使うと宣言した。今生きている人間の未来のために自分の命を使おうとは思えなくなった。それは自分の命が所詮本来なら既に地獄へ落ちているべきものだと思い知らされてしまったからだ。
月島は奉天での事件まで自分が死ぬ気になって勉強し、ロシア語を身に付けたおかげで、自分に恩赦が下りたものだと勘違いしていた。鶴見がそう思い込むように仕向けたからだ。だが月島はその鶴見から「月島おまえ… ロシア語だけで死刑が免れたとでも思ってるのか?」と残酷な真実を告げられる。そして鶴見が佐渡ヶ島で行った工作の全容を明かされる。月島は十年近く自分は自分の努力により自分の命を救ったものと思いこんでいたが、それは鶴見の甘い嘘で、鶴見の汚れた工作がなければとうに死刑になっていたはずだったのだ。月島の命は娑婆にあるべきものではないと明確にされた一方、地獄に身を投じようとしている鶴見からは強く必要とされた。

あの親父の命にお前を失うほどの価値はない
どうしても助けたかった
誰よりも優秀な兵士で
同郷の信頼できる部下で
そして私の戦友だから…

こうして月島は鶴見とともに地獄へ落ちる覚悟を固めた。
だからいご草ちゃんの髪を捨てた。
月島は鶴見から佐渡ヶ島での工作について聞かされた後、自分から「じゃあ彼女は…」といご草ちゃんの現状を確認している。そして鶴見の「彼女の死亡届も出していない 戸籍もそのままだ 東京へ嫁いだ彼女に迷惑はかからんだろう」というセリフを聞いて、「ああ…… そうですか」と、かすかに安堵したような、酷く落ち込んだような反応を返した。月島は鶴見に自分から質問し、その返答を真摯に受け止めている。鶴見の言葉を疑っている、もしくは信じきれない部分がある、という様子ではない。佐渡ヶ島での工作も、いご草ちゃんの現状も、鶴見の言葉を月島はそのまま信じた。
月島がこの時に落ち込んだのは自分といご草がいるべき世界が完全に別々になってしまったことを、今更ながら深く自覚したからだ。自分は本来なら既に死刑なっているべき地獄がふさわしい命だ。しかもいご草ちゃんのことでカッとなって事実確認もろくにせずに父親を殴り殺してしまった時と同じように、ついさっきもいご草ちゃんのことでカッとなって事実確認もろくにせずに鶴見を殴ってしまった。もし他の兵士から止められていなかったら最悪の事態になっていたかもしれない。月島は自分を制御できずに取り返しのつかないことになった十年前の自分から、現在の自分が全く進歩していないことに気が付いた。いご草ちゃんのことなると暴力的になりがちな点は当のいご草ちゃんからすら諌められていたというのに。
自分がこのように地獄に行くべき命である一方で、いご草ちゃんは十年も前に東京へ嫁いでいった。しかも相手は三菱の幹部の息子だ。九年前に死刑囚だった自分が結婚を知らされた時もいまさら何もしてあげられないと思い知らされたが、あれから心を入れ替えるどころかなおさらに堕ちていった現在の自分にいご草ちゃんのために使える命などあろうはずがない。だから月島はいご草ちゃんの髪を自ら手放し、いご草ちゃんに対する未練を断ち切った。後に残るものは未練ではなく自分の魂を断ち切った痛みだけだ。月島はこの痛みと釣り合うと信じて地獄へ向かう鶴見に尽くそうとした。