メモ帳用ブログ

色々な雑記。

君の名は。』で千年周期でやってくるティアマト彗星がその度に隕石を糸守町に落下させるのは、科学的には説明がつかない。『君の名は。』かなりSFっぽい作品だけど、この部分はオカルトで割り切っておく部分だと思う。無理にSF的に説明をつけようとすると実はティアマト彗星は糸守町を狙う宇宙兵器だとか、別の方向のトンデモになってしまう。
君の名は。』はSF畑の人たちから無粋な?ツッコミを結構入れられた作品だ。それは『君の名は。』のSF色の強さや、新海監督がSF畑の人たちから自分たちのそれだけ期待されていたことの裏返しでもある。新海監督は商業デビューが『ほしのこえ』で次作が『雲のむこう、約束の場所』だ。どちらもSF色の強い作品だし、制作者のSF趣味も伝わってくる。また新海監督は当時から現在に至るまで自分がSF好きであることを公言している。
ただ新海監督はSF的な面とオカルト的な面のある『君の名は。』から、SF方向ではなく、さらにオカルト方向へ舵を切って成功した。
SFとオカルトの線引は難しいんだけど、自分は斬新なワンダーに焦点が当たっているものは考証の厳密さに拘わらずSFで、だから星新一小説とかは当然SFで、様々な意味で型落ちになったワンダー(使い古されて陳腐になった学説を工夫せずに使っている、既に否定された学説を無批判に引用している、など)が主題になっているものは、考証を頑張っていたとしても、オカルトかなと。
例えば、万物の霊長である人類が霊的存在となってアセンションみたいなのは昔ならそれなりの真実味を感じられたSFだったんだろうけど、現在で工夫なしで制作したとしたらカビの生えたオカルトにしかならない。
反対に、よしながふみ先生の『大奥』は男女逆転というまあまあ定番のアイデアで、史実の「わかっている」感じのところをうまく味付けして、新しいワンダーを感じさせる見せ方をしているから、強引なところはあってもSFとしての評価も高い。自分もうなずける。
君の名は。』は男女入れ替わりと時間軸のズレという定番のネタを組み合わせて新鮮味を出しているところはSF的。ただこの2つのギミックが有機的に絡んで話を動かしていく感じではない。入れ替わりという幹に男女と時間軸の2つの実がついていて、どちらも美味しいんだけど、シナジーはそんなにない。だから『君の名は。』のSFはやはり副次的な部分だ。スペースオペラはSFだけどSFじゃないくらいのSFさ。『君の名は。』の主題は今の時代にあえての「ロマンチック・ラブ」だろう。