メモ帳用ブログ

色々な雑記。

この記事はトップに固定。
今でも本館の方にちょいちょいアクセスがあるから、本館での更新をやめた後で気付いた致命的な複数の誤訳についての記事を作ってないのが申し訳なくなる。こっちではメモ書きレベルだけどその件についての記事をたくさん作っている。知りたかったらキャラ名か作品名(中国語)で検索すれば出てくる。
中国語の原本だって傑作というわけではないけど日本語版はゴミ。9割くらいの言葉はあってるんだけど、一語違いで意味が正反対になるようなのがかなりある。それに自動車が設計図から9割くらいしか再現されてなかったら爆発する。よく誤訳がネタにされる某ナッチやハリーポッターはそれでも商業レベルだけど、どう大目に見ても商業レベルに達していない。
あんなゴミみたいな翻訳をする会社の作品を数年追っかけててもう本館で新しい記事を作るのも馬鹿らしくなってしまったというか。いい経験にはなったけどもうそっちに気力を向けられない。本当はせめて気付いた部分だけでも記事を作ってけじめをつけるべきなんだろうけど。

細田守監督の竜とそばかすの姫はテーマは好きだしぼくらのウォーゲームでいうオメガモン誕生のシーンは感動するんだけど、そこから先の展開がやりたいシーン優先すぎてメインキャラの頭がおかしくなってるのがちょっと。それまでもシーン優先で展開に説明不足な部分は多かったから最後を綺麗に閉めないと全体が雑な印象になる。
細田監督って画作りのロジックはかっちりしてるんだけど、シナリオ面は良くも悪くもウテナの頃のままというか気分優先で地に足がついていない。リアルっぽい題材を扱うとそこが気になる。
でも見どころもなく小さく纏まるよりは盛り上がるシーンが沢山詰まっているのは悪くないと思う。キャッチーなシーンを作ろうとして実際にキャッチーなシーンが作れるというだけで得難い才能だ。

近世までは世界中で子どもが生まれたら半分くらいは成人できないのが当たり前だったわけだけど、そういう時代の人間の価値観は想像はできても、実感はできない。下手したら江戸時代の日本人の価値観より現代のアメリカ人の価値観のがまだ現代日本人の価値観に近いかもしれない。文化の連続性とか一体性って難しい問題だよな。同質の文化として共感するべきなのか。異文化として理解したほうがいいのか。

最終回時点の月島はもし鯉登が隣にいなくても生ける屍として永らえられそうだけど、鯉登は月島が隣に居てくれなかったらまず数年持たないと思う。兄はとうに死に、父も死に、鶴見には置いて行かれてしまった。自分でそういう生き方を選んだ。月島に何かをしてほしいとかじゃなくて、生かしたことに恩を感じてほしいとかじゃなくて、ただ隣で生きてくれていればいいんだ。

大切な人を亡くした罪悪感に浸って自分を責めることは、とりあえず今すぐ後を追うことを保留できるという意味で有効な生存戦略だと思う。遺された人間は、毎日、夜眠る前と朝起きた時、なぜ今日は後を追わないのかの言い訳を考えなくてはならない。後を追っても何一つどうにもならないとわかっていてもそうなる。そこから目を背けるためなら人間は大抵のことができる。

現在世界最強の軍事力を持つ国家は文句なしで、民主主義かつ自由主義かつ個人主義国家であるアメリカ。兵役も徴兵制でなく志願兵制。ただそんなアメリカにも徴兵制を取っていた時期はあるし、現在でも選抜徴兵登録制度という登録の義務自体は残っている。近代的国家という枠組みが普遍のものかは置いておいても敵勢力に対抗する手段は当分残しておかないとどうにもならん。昔は世界中が共産主義で染まれば国境がなくなって世界平和が訪れると信じていた人もいるけど、今じゃそんなの頭のおかしい世界征服理論以下だ。中身の伴わない理想ほどタチの悪いものはない。


うる星やつらといい、最近のノイタミナはリメイクが続くな。どれもクオリティは高いみたいで墓荒らしにならなそうなのが救いだけど。
不殺を貫くには舐めプ余裕で殺る気になったら殺れるくらい強くなければいけないという当然の理屈。エンタメフィクションなので舐めプだろうが結果オーライなら手段もオーライでいいのだ。エンタメ作品はいい意味でのごまかしが大切。OVAは追憶編は好きだけど星霜編はシリアス面を無駄に追求しすぎてるろうに剣心じゃなくなってたからな。古橋監督はあれだけ無茶やっても実力は確かだから今でもジャンプ系のアニメでよく起用されてる。
ところで自分は明治維新も、フランス革命も、アメリカ独立戦争も、清教徒革命も、ロシア革命も肯定派だけど、どれを正当と認めてどれを認めないかってのは民主主義者・自由主義者でも意外と意見が分かれる部分になる。