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H2の「最初からないのよ」

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扉絵が好きだ。キャラが1人もいない変化球な扉絵だけど、誰もいない校舎に野球ボールが1つ、というのが青春野球ものらしいし、H2らしい。最終回の後も比呂や春華が卒業した後も千川高校は続くし、この世界も続く。

前回比呂の損得勘定(第334話「おしかったね」)というか計算では、スライダーを投げて三振を奪うことで悪役に徹し、比呂がストレートを投げると信じたばかりに裏切られるヒーローとなる英雄の引き立て役を演じるはずだったと思う。それによって英雄とひかりの仲を取り持つはずでもあった。しかし比呂はだれかに投げさせられたストレートで英雄から三振を奪い、ヒーローになった。ただし野田と比呂がだれか(ひかりの母親?)に投げさせられたと感じていても、実際に投げたのは比呂の本能だったのかもしれない。これはタッチで須見工戦最後の球を投げたのが和也だったのか達也だったのかという問題と近いかも。

最後のストレートの英雄視点での話。英雄はひかりへ比呂にも自分にも負けたと語る。比呂が投球した瞬間、次のコマでストレートと判断するまでのわずかな間、高速スライダーの可能性が頭をかすめたという。比呂を疑ったこととそんな自分が信じられなかったこと、おそらくその些細な迷いによって、英雄は比呂のストレートを打つことができなかった。

比呂は英雄に英雄自身の揺るぎなさとそれゆえの脆さを確認して欲しかったはずだけど、揺れる弱さを確認させてしまうことに。でもひかりが英雄を愛していると再確認するという一番の目的は果たせたので、ひかりが英雄をフォローして、結果的に丸く収まる。「いつもカギを閉めてるものね。 ヒデちゃんのその部分にわたしの居場所があるんだって。 ──だから、なるべくドアはあけておくようにって。」は伝聞形だし、比呂が球を投げる直前に考えていた「──それだよ英雄。 忘れるな。 その融通の利かねえバカ正直さに── 雨宮ひかりはホレたんだ。」とほぼ同一の内容(比呂は英雄の揺るがない強さと脆さを伝えたかったが、ひかりは英雄の心を固く閉ざすゆえの揺らぐ弱さを受け取ったという違いはある)。ただしひかりによれば、比呂はそう言ったわけではなく英雄を三振に奪っただけらしい。三振に奪ったことでひかりにそう伝えたということになるのかな。かなりエスパー的ではあるけど、比呂とひかりの間にそういう絆があるというのはさんざん描写されてるからクライマックスの奇跡としてはありだと思う。

ひかりと自分を結びつけるために比呂が最後の球を投げたと気付いた英雄は、比呂の試合開始直前の挑発と試合終了時の涙の意味を知る。自分とひかりの間の問題に比呂を巻き込むつもりはなかったのに結局巻き込んでしまい、しかも傷つけてしまった、それに気付いたことが自分の過ちを悟る最後のひと押しになるというのは、主人公とライバルの関係として良くできている。ライバルのために悪役を演じるというのは、一年生の時の最初の千川対明和一戦と同じ。ただし演じる方と真に受ける方がその時と逆になっている。

「わかっていなかったのはわたし。最初からないのよ、選ぶ権利なんか……」は、英雄との仲がうまくいかずに悩む時もあったけど別れるつもりは最初からなく、英雄が自分か比呂かを選ぶように言ってもそんな権利を受け取りようがなかった、それをわかっていなかったということなのかな。終盤はひかりを中心に人間関係が回っていただけに、ひかりがフラフラした女ではないことを示したのは後味を良くしてくれたと思う。その分英雄の未熟さと空回りが際立つ結果にはなったけど、まだ大人になりきれない若者としての心理描写は丁寧にやっていたので、青春もののライバルとしてはかなり丁寧に扱われたことになるんじゃないかな。自分の執着と弱さを知った後だから言えた「おれも── 比呂との勝負で教えてもらったことがある。 だれよりも雨宮ひかりが必要なのは、 このおれだ。」も格好良い。いままで変化球の展開ですれ違ってきただけに、直球の告白シーンは好きでないというあだち先生にしてはかなり直球な再告白のシーン。

千川は準決勝の勝利を祝ってカラオケ大会。比呂は無理をして明るく振る舞っている。その内心はゆずの「夏色」を歌うことで示唆される。

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千川サイドは変化球で示唆される部分が多く、こちらはあだち先生の好みを素直に出した描写になっているんだろう。

春華は比呂の様子を見て本当にうれしかったのねと野田に話しかける。春華は試合で比呂が何か隠していると察していたとはいえ、この場面のうれしかったのねという発言はカマをかけたとかではなく本心のはず。春華の発言が本心かどうかうかがってから適当に返答する野田。高校に入ってからの新参者は旦那の理解度が足りないな、みたいな幼なじみ兼女房役の意地を感じなくもない。春華の真のライバルは野田だったのかも。

翌朝比呂は早くに起きてくる。よく眠れなかったんだろう。まず洗面所に行って顔を洗い、さらに蛇口の水滴が強調されるのは、おそらく寝ようとしながら泣いたか泣きそうになったかの示唆。比呂以上に早く起きている春華。こちらもたぶん眠れなかった。去年は春華が寝ている間に比呂が抜け出して甲子園浜海浜公園でひかりに抱きとめられてしまっていた。だから春華ははっきりとした心当たりはなくても比呂の行動が不安だったはずだ。

何の気なしに飛ばした紙飛行機について比呂が「ちょいと大リーグまで ──かな。」と言い、春華が「じゃ、 スチュワーデスはわたしだ。」と返す。春華の夢はスチュワーデスで、目指したきっかけは野球選手のお嫁さんといえば女優かスチュワーデスだから(第115話「お見事でした」)。第286話「デカい夢…か」では適当に流した春華の冗談に、今の比呂は控えめながらも前向きな返答をする。たとえ長い人生の今だけかもしれないにしろ、比呂は春華とこれからの人生をともに過ごすことに前向きになれたはず。この場で断言しないのはむしろ誠実さだろう。第319話「がんばったよね」で「必ず戻ってくるから」と言っていた比呂が、やっと本当の意味で春華のもとに戻ってきた瞬間とも言えるのかもしれない。

この時に春華が見ている新聞の写真の比呂は2球目を投げた時のもの。比呂が4球目に投げようとしていた球がスライダーだったのかストレートだったのかは最後まで明言されない。

起き出した千川の面々。新しい朝。野球用バッグの上に置かれた「敵は我に在り」「己に克つ」という標語は、終盤のテーマでもあったはず。さり気なく提示されているのが憎い。

千川野球部の面々を乗せて前へ進むバス。甲子園の決勝を描かないのが、これ以上なくこれからも続く人生を示していて青春ものにふさわしい幕引きだと感じた。「一旦は屋根に乗り上げて止まってしまった」紙飛行機が、風を受けて再び青空に向かって飛び立つというのも、比呂と春華の未来をよく表していると思う。きれいごとだけで人生を語りきりたいなら、英雄と比呂の対戦が決勝戦かつ比呂がまた春華と向き合おうとしないままのほうがお美しい自己犠牲の話としてきれいに幕を引けるのかもしれない。でも人生はそれだけじゃないはずだ。

比呂たちの人生が語られることはもうないのだろう。それでも通常版コミックスの最終巻の表紙が、冬服の比呂・英雄・ひかり・春華の4人だというのにはなんだか嬉しくなる。