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妊娠しにくいというのは生物にとって何よりも不利なことであり、本来ならすぐに淘汰される形質である。実際多くの動物は 1 回から数回の交尾で確実に妊娠するように進化しており、ウシなどの家畜では、1回の種付けで 95 パーセント以上妊娠するという報告もある。

1.研究開始当初の背景
ヒトのメスの繁殖生理は謎に満ちている。まず、性交がすぐ出産に結びつかない。1 回の排卵で妊娠する確率は約 3 割しかなく、20 代の女性でも妊娠までに約 4 ヶ月かかる。また、妊娠しても 15%が流産してしまう(堤治、2002)。また、排卵の隠蔽が起こり、妊娠の可能性のある排卵期以外でも性交を行う。このような「なかなか妊娠しない」「妊娠に至らない性交を行う」というような性質は、強い負の自然選択圧をうけ、メスにとってよほど大きな利益がない限り進化しないと考えられる。
こうしたヒトのメスの繁殖生理の進化を解明するために、申請者らはヒトと系統的にもっとも近いヒト科 Pan 属の野生チンパンジーボノボの性行動に着目して研究を続けてきた。その結果、チンパンジーボノボでも、ヒトのメスと同様な傾向がみられた。チンパンジーボノボでは、1 回の妊娠までに平均して半年以上も月々の発情を繰り返し、合計すると数百回以上も交尾を行っている(Hashimoto & Furuichi, 2006a)。また、ボノボでは、妊娠中や授乳中など妊娠の可能性のない時期でも交尾を行う(Furuichi & Hashimoto, 2006)。つまり、「妊娠しにくい」「妊娠に至らない交尾を行う」という性質は、ヒト科に共通してみられるのだ。
一方、ヒト、チンパンジーボノボには、それぞれ独特の雌雄関係がみられる。ヒトでは、排卵の隠蔽が起こり、雌雄が恒常的なペア関係を保つ。チンパンジーでは、排卵よりも 2 週間近くも早く発情が始まりメスが積極的に交尾を行うが、非発情期には雌雄の関係は疎遠になる(Hashimoto & Furuichi, 2006b)。ボノボでは、妊娠中や授乳中など排卵が起きていない時期にもメスが発情して交尾し、非発情期でも雌雄が関係を保ち一緒に遊動する(Furuichi, 2011)。
このように異なる様態の雌雄関係をもつヒト科のメスが、なぜ妊娠しにくいという共通の特徴をもつのだろうか。また、3 種に共通して、妊娠しにくいことによってメスが得る利益とはいったいどういうものなのだろうか。
こうした性と行動の関係を明らかにするためには、生殖ホルモンの動態をモニタリングしつつ、どのような性的状態のときにどのような行動をするのかを分析する必要があるが、分析用の血液試料を得ることが容易な飼育下の類人猿では、繁殖管理上メスはホルモン・コントロールを受けていることが多く、そのような研究を行うことは難しかった。一方、野生の類人猿で
は、捕獲して血液試料を採取することができず、生殖ホルモンの動態を正確にモニタリングすることが難しかった。そこで申請者らは、糞試料からホルモンを抽出して分析する方法を開発し、マカクザルのホルモン動態と行動の関係の解明に有効であることを示した(Shimizu,2008)。次にこの方法がチンパンジーボノボにも有効であることを確かめ、さらに尿試料をしみこませた濾紙の一定面積の吸収量を分析することで、定量的にホルモン動態を測定する方法を考案した(図2、予備実験の結果)。これらの新たな方法を活用して、ヒト科のメスの「妊娠しにくさ」の謎を解明する。

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