メモ帳用ブログ

色々な雑記。

尾形は母親を殺害しても罪悪感を知覚できなかったから自分を欠けた人間だと思ったのではなく、母親が自分を愛してくれなかった(と尾形は感じた)から、それは自分が欠けた人間のせいだと思い込んだのが歪みの始まりだと考えたほうが筋が通りそうだ。
尾形の勇作に対する負の感情も、父親の愛を奪った女の息子であり父親の愛を奪った息子そのものであるってわかりやすい部分より、もし自分がこうだったら母親は自分を愛してくれたはずっていう思い込みに基づく部分のほうが大きいそうだ。もちろんわかりやすい部分も存在するけど。尾形は第243話『上等兵たち』で自分にも父親の愛があれば勇作と同じになると考え、普通なら一番大きな違いと見なされるはずの母親の違いを無視していた。それは尾形にとって母親とは一方的に息子の価値をジャッジする存在だからだ。母親を息子に超越する裁定者と認識するあまりに、母親が息子に与える影響のことを考慮に入れられなくなっていた。
実際のところ母親が尾形を全く愛していないわけではなかったんだろう。だが尾形に自分自身が愛されていると感じさせることはできなかった。尾形は自分が母親から本当に欲しい物の代用品として手元に置かれているだけで、自分自身は必要とされていないと考えた。母親は父親との思い出の料理であるあんこう鍋を自分に押し付け、自分の獲ってきた鳥には目もくれない。母親は「お父っつぁまみたいな 立派な将校さんになりなさいね」と模範的な息子のあり方を求めるばかりで自分の望みは聞きもしない。
列車で尾形に対峙した鶴見はこう言った。

百之助つまりお前は……
「第七師団長なんぞ偽物でも成り上がれる」と証明したいのだろう?
母君を捨てた男も
選ばれたその息子も
たいして立派なものではなかったと…
欲しくても手に入らなかったものは価値などなかったと確かめてやりたかったのだ

尾形は自分が母親にとって本当に欲しい物の偽物でしかないと認識していた。だから自分自身が母親から愛されるために欲しくても手に入らない立場、自分の父親や父親から愛された息子の立場にだって実は価値がなかったと証明することで、虚しさを誤魔化そうとした。実は自分自身に母親の気付かなかった価値があると考えることはできなかった。
そんな尾形に初めて愛を感じさせてくれたのが異母弟の勇作だった。勇作は尾形を兄として慕い、生まれや存在そのものを肯定した。だが尾形は母親が自分を愛してくれなかったという思い込みに囚われており、自分と勇作の違いに苦しみ、自分と勇作に違いはないと証明したいあまりに勇作を殺害してしまう。それでも尾形は弟の愛を受け入れた。それにより自分は両親から両親に与えられる精一杯の祝福を授かって生まれたのだと考えることもできた。