メモ帳用ブログ

色々な雑記。

江渡貝くんは父親に似てきたために母親から虚勢された。尾形は父親に目鼻立ちが似ていたために母親から父親の身代わりとしてあんこう鍋を押し付けられた。それぞれ逆ベクトルに男性性をスポイルされている。これは意図的なものと読んでいいはずだ。尾形が母親から父親の身代わりを求められて苦痛だったことは終盤の回想でも再確認されている。「お父っつぁまみたいな立派な将校さんになりなさいね」と言われて幼い尾形は顔をしかめた。
だが、それでも尾形は母親もあんこう鍋も好きなままだ。こうした矛盾した心が尾形を凶行に駆り立てた。
尾形は常に2つの矛盾した感情を持っており、それらが複雑に絡み合って行動を起こしている。だから尾形の動機は把握が難しい。尾形の動機の2つの流れのうち、どちらをどのように重視するかでも大きく印象が変わる。
尾形は鶴見による花沢幸次郎殺しの実行犯を引き受けた。花沢幸次郎は「自分たちを捨てた 恨みとでも言うつもりじゃあるまいな?」と言った。確かにそれは主な動機ではない。尾形は父親と色々と話して勇作の死後自分に愛情が湧いたのかなど確認してみたかったのだし、無価値な自分が第七師団長になることでその無価値さを証明したかったのだし、鶴見から親のような愛を注いでほしかった。ただ恨みが殺害の後押しをしたというわかりやすく俗っぽい部分が尾形の中に全くなかった訳ではないようだ。
勇作を殺害した動機について尾形は妬みからではないと父親に語っている。これは本当に思える。尾形の語る通りに勇作が死ねば父親が自分を愛するか確かめたかったというのが主な動機だろう。しかしやはりそれだけではない。尾形は自分の罪悪感を知覚できない人間で、日露戦争の最中に勇作にもそう語り、勇作は罪悪感を持たない人間などいるはずがないと泣いて尾形を抱きしめた。戦争による疲弊で尾形がおかしくなっていると勇作は勘違いしたようだ。尾形は勇作と自分の違いにショックを受け、実は自分と同じく勇作にも罪を犯して罪悪感なく生きられる素質があるのだと証明したくなり、実は自分も父親に愛されていれば条件が等しくなって素質は同じになるはずだから、勇作がいなくなって父親が自分に愛を向ければ証明ができるはずだと考えて、勇作を殺害した。飛躍だらけの理論だが、第243話『上等兵たち』を読む限りでは、尾形の中ではそうなっている。しかしこれに加えて勇作から罪悪感のない自分を否定されたと感じたこともやはり引き金を軽くした部分はあったはずだ。
尾形は父親に母親を殺害したのは頭のおかしくなった様が哀れで疎ましかったからだろうと言われている。だがそれはあまりに浅い理解だ。尾形が母親を殺害したのはその葬式に父親が来てくれ、父親は母親を愛していたのだと母親に伝えたいと思ったからだ。ただ自分を見ずに父親の面影ばかりを追う母親に対して感じた寂しさが尾形を毒殺に駆り立ててしまった面も皆無ではないだろう。あるいは、本来は「欠けた人間」ではない尾形が「欠けた人間にふさわしい道」を歩み出してしまったことそのものが、母親の「お父っつぁまみたいな立派な将校さんになりなさいね」という言葉に対する無意識の反発、抑圧に対する反動から始まっていたのかもしれない。