メモ帳用ブログ

色々な雑記。

黒山村のエピソードは第一印象最悪の村人が案の定ろくでもないことをしていた、だけど皆殺しにされても当然だと感情的に断定していいのかって部分が焦点になっている。結論は、何もしないという間違った選択のせいで村の大人は全滅し、白小小までみすみす死なせてしまった、運命や天にどうにか抗ってでも皆殺しを止めるべきだったというもの。高尚な問題かもしれないけどエンタメとしては扱いにくい。
白小小を泣きながら刺した子どもたちの中には当然村長の孫や親戚も含まれていたはずだ。でもそこを掘り下げると、白小小が落ち着いて村長を殺すだけに留められたらまだ事態は丸く収まったのかも感が薄れてしまう。だからここの掘り下げは村長は家族を守ろうとしたとセリフだけで説明される現状くらいで十分だろう。
生贄計画を推し進めたのは十中八九村長だし、もし他の人間の発案にのったのだとしても村長には長としての責任がある。高皓光の提案したとおり、村長はとりあえずで白小小に殺されても仕方がなかった。ただ他の村の大人まで勢いで皆殺しにしてしまったことはやはり白小小自身にとっても良くなかった。高皓光は個人の罪を精査せずに村人を皆殺しにするのは良くないと思えたし、白小小を止めたいとも思えたのに、結局何もできず悲劇を招いた。
子どもたちが生き残れた(はず)なのは一応最悪の事態を回避できたと考えていいかもしれない。もし村人が無策に三眼に逆らっていれば子どもも含めて皆殺しにされただろう。もし白小小が村人を見捨てて高皓光たちと一緒に逃げていれば白小小は無罪のまま生き残れたけど、かわりに子どもたちが殺されていた。さらにこの場合白小小は自責の念に耐えきれず後で自殺してしまったかもしれない。結果論だと、村の取りうる最善の方策は三眼を刺激しないように息を潜めて仲間がランダムに食われてくのに耐えることだった。