メモ帳用ブログ

色々な雑記。

寄生生物の“この『種』を食い殺せ”という「命令」は本能だ。人間の脳を奪ったばかりの寄生生物はみな本能に従うままに場当たり的で派手な食人を行った。学習によってより狡猾な潜伏と殺人を行えるようになりはしたが、ほとんどの個体は殺人を続けた。人間という存在に興味を持ち、寄生生物が人間の食物のみで生きていることに気付いた寄生生物ですら、約2年で38人を殺した。だがそれ以外の寄生生物の中にも、自身の生存のためとはいえ、人肉食を減らす者が現れていく。一方では人肉食の性質を定着させる者もいるという。寄生生物も学習により本能をある程度コントロールでき、その程度ややり方には個体差が生じる。
大量殺人犯・浦上は人間が人間を殺すことは本能だと主張する。人間はもともととも食いの本能を持っている、それを急にやめれば地球がパンクしてしまう、自分は正常な人間だ、と語る。浦上の主張はヒロイン・村野里美から否定される。浦上は正常な人間でないと言う。作品としても、一般的にも、正しいのは村野だろう。ただ、正常でないとはどういうことか。とも食いは本能ではないということか、本能だが暴走しているということか、それともとも食いの本能は存在するが浦上の快楽殺人とは無関係なのか。
浦上は確かに人間離れして野性じみた勘の良さを持っている。寄生生物と人間を見分けられるし、特別に強い寄生生物の力量も一瞬で把握できる。ただ、最初から本能に従っていたために殺人を犯したり寄生生物を見分けられたりしたというよりは、快楽に従い殺人を繰り返すうちに野性の勘が磨かれたと考えたほうが適当に思える。浦上も当初は自分の探知能力についてそう考えていた。
また、作中では加奈という少女も野性的な勘の良さを持っていた。寄生生物の探知に関する能力に限れば、受信だけでなく発信もできる加奈が浦上を上回っていたといっていい。だが加奈は少々不良だもったものの殺人をしたことなどないし、したいと本気で考えたこともないだろう。
主人公・新一も寄生生物との戦いの中で野生の勘を磨き、時には怒りで他人を傷付けることもあったが、殺人が正常などと思ったことはない。
生まれつきなり、訓練なり、それぞれの理由で野生の勘に秀でている人間は寄生生物を探知できるようだ。しかし寄生生物を探知できる人間が自分の行動は本能に従っているだけだと正当化したとしても、それが正しいという裏付けは何もない。