メモ帳用ブログ

色々な雑記。

映画『風立ちぬ』の菜穂子は飛行機に大して興味がある人間ではないだろう。ただし「仕事をしている二郎さんを見るのが一番好き」という言葉がまんざら嘘でもなさそうなのが複雑なところだ。
仕事に打ち込む男性の姿に魅力を感じる女性は多い。菜穂子も軽井沢で飛行機にひたむきな二郎の姿を見て、幼い日の憧れを確かな恋心に変えていた。
菜穂子は自分の余命に対する心配さえなければ山の病院での療養に努め、病気が治った後で結婚する誓いを守ろうとしたはずだ。しかし戦前ではある程度進行した結核の治療はほぼ不可能だった。療養所の処置も綺麗な空気を吸い安静にするのが精々だったそうだ。菜穂子はひとりきりで病気に絶望していく日々の中、二郎の手紙を読んで恋しさに耐えきれなくなり、療養所を抜け出してしまう。病人である自分が二郎のそばにいることで二郎の負担となり、二郎の仕事を妨げるおそれがあるとわかりながらもそうせざるを得なかった。二郎は菜穂子のそうした心情をほぼ正確に把握していたように思える。二郎は菜穂子の余命が僅かだと悟ったことを黒川にほのめかしており、黒川も二郎の行動はエゴイズムではないのかと指摘しつつも理解を示していた。
「仕事をしている二郎さんを見るのが一番好き」と言いつつも菜穂子は二郎から仕事をする片手を奪っていた。死病が進行すれば、仕事をする姿が魅力的な二郎からますます仕事を奪わってしまうことを菜穂子はわかっていたはずだ。それは病が肉体を侵すだけなく精神も侵すためだ。だから二郎が今試作している飛行を完成させたのを見届け、二人で飛行機を完成させたという思い出を得て、菜穂子は山の病院へ戻って行った。二郎の「(飛行機が完成したのは)菜穂子がいてくれたおかげだよ」という言葉を菜穂子がやましさを感じずに聞くことができたのは、やはりあそこが刻限だったように思える。
二郎からしてもこの言葉には菜穂子に後ろめたさを感じさせたくない気持ちがなくはなかっただろう。しかしそれ以上に本心だったはずだ。確かに菜穂子が病院を抜け出さずとも二郎が九試単座戦闘機を完成させたのは間違いない。だが初めて設計主任を任された七試艦上戦闘機(『風立ちぬ』の二郎曰く「ブリキのアヒル」。史実の堀越二郎も「鈍重なアヒル」と呼んだ)が失敗に終わって落ち込んでいた時、二郎の気持ちを救ったのは菜穂子との再会だった。二人で雨上がりの高原を歩きながら二郎は「虹なんかすっかり忘れていました」と言い、忘れかけていた美しいものを目指す夢を思い出した。菜穂子は「生きているって素敵ですね」と応えた。
生きることは常に美しく死によって呪われている。