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色々な雑記。

ゴールデンカムイ』の花沢幸次郎も軍人としては部下から慕われていた。第31話『二〇三高地』を読めば、早期攻略を急かしておきながら将兵の犠牲の責任を花沢幸次郎に押し付け、さらには花沢幸次郎自刃の責任を第七師団に押し付けた中央に対して反感を持つ第七師団の兵士が多数いること、谷垣源次郎もその兵の1人であることが読み取れる。ただしこの経緯が鶴見によって工作されたものであることを谷垣源次郎を含むほとんどの兵士は知らない。

花沢幸次郎自刃の責任が第七師団に押し付けられた、とは自殺を直接的に止められなかった責任を意味するはずがなく、第七師団の能力不足のために将兵の犠牲が増えてしまい花沢幸次郎が自刃したことにされた、という意味だ。旅順攻囲戦は史実では成功した作戦だが、同じだけの被害が出たゴールデンカムイの世界では花沢幸次郎自刃の自刃により事実上失敗した作戦とみなされている。そのため鶴見少尉(当時)から二〇三高地での作戦の欠陥を指摘されながらもみ消した淀川中佐など、早期攻略に加担し正確な情報を報告しなかった第七師団の将校は肩身の狭い思いをしている。淀川中佐はこのために出世が遅れ気味だ。

花沢幸次郎が鶴見と妾の息子である尾形に暗殺されていたことは第103話『あんこう鍋』で確定する。この回でも、尾形をたらすためとはいえ鶴見が「第七師団は 唯ひとり残された花沢中将のご令息を担ぎ上げる 失った軍神を貴様の中に見るはずだ」と言っており、花沢幸次郎が部下からは尊敬されていたことがわかる。

花沢幸次郎の息子の勇作も高潔で勇敢な人物として兵士たちから人気を集めていた。勇作も、ひとりの人間としての独立した視点にまだ乏しいとはいえ、父親を尊敬していた。

ただ、花沢幸次郎がほとんどの面で評価の高い人間だったからこそ、その不始末のツケを押し付けられた尾形トメ、百之助母子は辛かっただろう。人気があって立派だとみなされている相手に不条理なことをされると、いくら相手に非がある場合でも、だれも自分たちの味方をしてくれないというのはありがちな話だ。場合によっては被害を訴えることさえが非難される。

この女性関係の不始末と、どうやら本人は自刃するつもりがなかったらしい点からするに、花沢幸次郎は当時の価値観ならばそれなりの人物ではあるがモデルの乃木希典ほどではなかったと言えそうだ。親友である鯉登平二の直接的なモデルは餅原平二だが、乃木希典のような明治の高級将校としての高潔さや、息子2人や自らの命を失おうが戦い続ける指揮官としての自負、実質的な覚悟の自殺の要素はこちらのほうが強い。それも乃木希典の言葉とそっくりな花沢幸次郎の「遺書」に影響された面はあるのだが。