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『ディスコ探偵水曜日』のブラック・スワン

ディスコ探偵水曜日』はメタ小説だ。絵空事になぜ受け手は真実味を感じられるかと言うことがサブテーマとして組み込まれている。今どき名探偵だの、推理だの、すべての情報に意味のあるだの、エンタメだのは究極的には絵空事ごとでしかないんだけど、それでもそういうフィクションから受け手は何らかの真実を受け取っている。
ディスコ探偵水曜日』のモチーフは北欧神話で、事件だけでなく作品自体が過剰な見立ての上に成立している。普通の小説だとリアリティが破壊されるくらい。個人的にはメタ小説とはいえ少しくどく感じる。でもこの作品は現在のところの舞城王太郎先生のメタミステリ「小説」の極北で最終作なので、これがこの作品にしかない味わいなのだろう。

で、作中で出てきたブラックスワンって重要な割に北欧神話関係ないよなって思ってたけど、北欧神話モチーフ作品にインスパイアされた作品をモチーフにしていることに気がついた。大作なだけにもし作中で明言されていることに自分が気づいていないだけだったらごめんなさい。他にも作中で言及されていない(はず)の北欧神話モチーフについて過剰なこじつけにならない程度に考えてみた。
作品全体の構造
北欧神話モチーフ。北欧神話ではラグナレクとして現在の世界の終焉=神々の終焉が予言されている。ラグナレクを生き延びたわずかな人間はギムレーという天上の空間で新世界を築くとされる。
本作では、すべてが運命どおりに動く世界=双子宇宙の人間世界は停滞させ、子どもたちは運命のない新世界に移住させる、というところまでが運命で決まっている。双子世界では現在の人類か子供の未来かを二者択一するという過剰な単純化がなされることと、その結果ディスコが子供の未来を選ぶことが運命で決まっている。
『ギュルヴィたぶらかし』では、主人公がハールから世界再生までの予言を聞かされ、さらに「私は世界の運命をこれ以上に語れる者など聞いたことがない。今は言われたことを善処しなさい」と言われて話が終わる。

ディスコ・ウェンズデイ
主人公。北欧神話の主神オーディンがモチーフ。
オーディンは首吊りにより新しい知恵を得たとされる。タロットの吊るされた男(逆さ吊り)は一説によればオーディンがモチーフ。だからディスコとディスコ自身の裏返しの感情たちは常に正位置であり逆位置。

ディスコの感情の裏返したち
パンダラヴァー、SSネイルピーラー、ムチ打ち男爵、黒い鳥の男。黒い鳥の男が一番活躍する。感情から生まれた存在たちの顔が確認できない(場合によっては顔が自在に変わる)という描写は、『イド:インヴェイデッド』のジョン・ウォーカーでも採用されている。
オーディンに関係する黒い鳥で一番有名なのはオーディンの使い魔のカラスであるフギンとムニン。またヴァルキュリアもカラスと結び付けられることがある。
さらに黒い鳥の男はスタイロンや三田村三朗にブラックスワン社として梢式の知識を伝えたりもする。ブラックスワンはありえないと思われていたがあり得たものの代名詞で、そこは作中でも言及されている。
有名なブラックスワンをモチーフとする創作にはバレエ『白鳥の湖』がある。『白鳥の湖』の舞台はドイツで登場する魔法や悪魔は北欧神話的。ブラックスワンであるオディールとはハクチョウでありヒロインでもあるオデットの偽物で、通常2人は同じバレリーナが演じる。オディールはオデットに魔法をかけてハクチョウにした悪魔ロットバルトの娘。黒い鳥の男は魂のない少女の肉体をもとに実体化しており、ディスコは「お父さん」にあたる。バレエ『白鳥の湖』はオペラ『ローエングリン』にインスパイアされた作品。『ローエングリン』は北欧神話・聖杯伝説・民間伝承などをモチーフとしていて、ヴォータン(オーディン)も登場する。
黒い鳥の男は最後にバランス取りと称して新世界へ向かおうとする。北欧神話を書き記した『巫女の予言』によればニーズヘッグという翼のある闇の蛇(龍)がラグナレクを生き延びる(最後の部分は内容が確定しきれないらしく翻訳によって解釈が分かれる)。
ディスコ探偵水曜日』では黒い鳥の男は無事に倒された。だがディスコ自身が旧世界と新世界を 輪が噛み合う ような形で接続してしまい、否定的な意味での永劫回帰が生じる可能性が残された。2匹の蛇によるウロボロスは本作で繰り返し用いられるモチーフ。北欧神話にはニーズヘッグとヨルムンガンドがいる。ヘルメス(→オーディン)の杖であるケリュケイオンにも2匹の蛇が巻き付いている。

梢・小枝
モチーフはミューズ。ミューズはギリシャ神話でムーサと呼ばれる芸術の女神たち(通説では9人)。小枝=梢の役割はディスコひとりですべてを抱え込ませないこと。だから別の神話体系の女神が採用されている?結果的にヴァルキュリア的な働きをしているけどあくまで結果的?

水星C
水星はローマ神話のメルクリウス。ディスコとは別の神話体系に属して自由に動ける存在であり、同時にメルクリウス=オーディンとして習合されるディスコと同一の神でもある。さらにラグナレク時に黒い鳥の男(オーディン)を食らうフェンリルでもある。

名探偵たち
モチーフはヴァルハラ(オーディンの宮殿)に集められるエインヘリャル(選別された戦士の魂)。
オーディンは勇敢な戦死を遂げた戦士の魂をヴァルキュリアに選別させ、ヴァルハラに連れて来させる。これはラグナレクの戦いに備えて自らの手勢とするためである。北欧の戦士たちは死後にヴァルハラで復活することを信じていたために恐れ知らずの猛者ばかりだったとされる。
名探偵たちはパインハウスで目に箸を突き刺さされて死んでいった。これは片目を失って知恵を得たオーディンになぞらえられているとされた。またこれはただの殺人・自殺ではなく、名探偵の真実到達力により死後の復活を無意識に予見した上で、ディスコにヒントを与えるために自己犠牲を行ったとされる。名探偵というキャラたちにいわゆる人間性は存在しないので、個々の内面を飛躍して自らの役割に沿った行動を取る。ディスコがラグナレク後に3億人の子供をさらう存在となってからも個々の内面はまるで存在しないようにディスコの計画に参加した。