スクショ多すぎ② 激情の勢い

今までの屍者の13月の情報整理②。スクショ多すぎなのでもし単行本が発売されるなら画像は削除する。もし権利者様からの申し立てがございましたらすぐに対応いたします。

 

黒山村のエピソードでは登場人物がみんな短気だ。

高皓光と黄二果が三眼の傀儡に食われかかっていた白小小を助けたら生贄になる気があった白小小から怒鳴りつけられてしまったし、三眼が高皓光たちを連れてこなければ村人全員の命で償ってもらうと言ったら白小小は高皓光たちを背後から殴った。高皓光たちを三眼に引き合わせたら殺されるのはわかりきっているのに、白小小は自分の命を人質にして2人を村に連れて行こうとした。自分の命がかかっているなら見ず知らずの女の命なんて見捨ててもおかしくないんだけど、高皓光は姜明子の力を借りて法屍者退治ができると思いこんでいたし、黄二果は人が良かった。白小小は強い法師を呼ばうと提案した黄二果に対し「そんなこと言ってあなたたち逃げ出すつもりでしょう」と言って、舌を噛もうとしてみせて脅した。ただ三眼が村人全員の命を握っているのは確かだから、この時点では村人を助けようと思っていた白小小が高皓光と黄二果を犠牲にしようとしても仕方がない。1年も三眼に囲われて、両親を生贄にされて、精神的にも限界だったはず。

ただそんな状況で村にごく普通に戻ったせいで、村人全員から3人が袋叩きにされたのは間抜けな展開だと思う。近所のおばさんが戻った白小小に気付いて叫んで人を呼んだのは当たり前だ。村長が余所者も見ているのにいきなり白小小をボコボコにしだしたのはイカれているけど、状況を考えれば十分にあり得る範囲のイカれ方だった。実は村長が三眼と通じていたことが明らかになっていないこの時点だと、白小小が村を守るために暴力的になるのが仕方がないのなら、村長が村を守るために暴力的になるのだって十分にありえると思った。村長を高皓光が殴ったのも当然だけど、それで村の大人たちが高皓光たちを袋叩きにするのだって当然の成り行きだ。お互いに話を聞かずに事態が悪化する展開は、現実でもそれなりにあるからこそ、よほどうまく処理しないとキャラのヘイトが溜まりやすい。エンタメ的には避けたほうが無難なのにありがちな間抜け展開。最後に無事問題が解決する場合でさえそうだ。屍者の13月だと最後は村の大人全員が虐殺され、しかもそれが明確に高皓光の失敗として位置づけられているんだから、本当に間抜けな展開だ。

第9話の最後で白小小が子どもたちに刺されるのも勢いだけの展開だ。近所の仲の良かったお姉さんが豹変して村のみんなを虐殺して、両親も殺され、お姉さんが「終わったよ…」だのなんだのブツブツ言っている時に、目立つ所に転がっている死にかけの両親に隠れもせずに近づいて、「父ちゃん!母ちゃん!」とか叫んで、挙げ句強力な操作能力を持っている化け物相手に刃物を持ってそのまま突撃していくのが自然な感情と言えるものか? 白小小が村の大人を殺して満足して、子どもたちの両親を奪ったことを後悔したっていう展開なのは読者にはわかるけど、子どもたちはそんな神の視点からの展開なんて知らない。 子どもたちにとって白小小は突然豹変して村を虐殺して今は何故か突っ立っている化け物でしかないはず。まだ白小小を刺したのが阿毛だけなら特別勇敢で血の気が多いということで納得できなくはなかった。でも最大限にいたいけでギリギリ人を殺傷できるサイズに揃えられた子どもたちが、気の抜けたノロノロ具合でみんな刃物を持ち出して、個々人の個性などないかのように揃いも揃って一斉に突撃していくシーンは、作り物度100%なのに演出は無駄に力が入っていて全然ノレなかった。

このシーンの子どもたちの感情は親しい隣人に裏切られた憤怒ということでいいと思う。

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[第9話]屍者の13月 - 第年秒 | 少年ジャンプ+ 26/35

ただの他人に裏切られるより親しい相手に裏切られるほうがショックだというのはわかる。でも途中まで白小小に感情移入しようとしていた自分からしても、白小小が村人を虐殺した展開には本気で引いた。高皓光が白小小に対しての感情移入を一貫できたのは、まず自分を殴ってきたところなんかも、三眼に村全体が追い詰められたせいでなく村人に白家が迫害されたせいだと感じるところが大きかったからなのかな。第三者的には村人だって家族を守るために自分から三眼に交渉を持ちかけた容疑が濃厚な村長たち以外なら追い詰められた側に入るはずだし、高皓光も第8話だと頭ではそう理解できていたし、第9話では一応納得できた。白小小と目が合ったら何もできなくなってしまったけど。この場面はもう少し白小小に対して同情でなく友情を育めていたらちゃんとドラマチックだったな。他人事として同情するなら、当然いるはずの余所の村から嫁いできて日の浅いお嫁さんとか、それこそ子どもたちとか、そういうひとたちまで命の危機が迫っている現状を気にすべきだったはず。

全体的に連続性のあるドラマの積み重ねが弱いから、シーンの細切れの勢いか教条的な道徳ごっこかのどちらかで語るしかなくなっている。エモーショナルな演出に力を入れるなら、運命がどうたらこうたらのご都合設定の悲劇たれ流しよりも高皓光と白小小のドラマが見たかったな。現在進行系の主人公の失敗談って良くも悪くも印象が強くなりやすいから、もっと良い意味で胸が痛む印象になるようにコントロールしてほしかった。心情的には止めようがない白小小の村人虐殺に対して、高皓光が同月令に選ばれし者としてどう立ち向かうのかと期待ていたのに、立ち向かうことすらできずに傍観者になってしまった。挙げ句それが同月令の運命によるお導きですとか示唆されても、設定自体に釈然とできなくなる。

西暦525年の白大の話に関しては完全に他人事の過去話だから別にあれでいい。白大の感情も子どもたちと同じく親しい隣人に裏切られた憤怒ということでいいと思う。

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[第6話]屍者の13月 - 第年秒 | 少年ジャンプ+ 26/45

白小小の感情も親しい隣人に裏切られた憤怒ということでいいはず。その上で白大は潜在的な嫉妬から家族を殺され、白小小は潜在的な蔑みから家族を殺されたという対比がある。

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[第6話]屍者の13月 - 第年秒 | 少年ジャンプ+ 14/45

日本語版だと台詞が変わってるから細かく矛盾しているところがあったりして、もしかして「誰も祖先の罪を責めたりしなかった」と白小小が自分で自分に過去をごまかしているのかと疑えなくもない。でも中文版だと特に矛盾はないからこの過去は素直に受け取っていいと思う。セリフだけでなく絵で示された事柄は、後で特段の断りがない限りは客観的な事実と受け取るのが漫画のお約束だし。

ただあまりにいい子ちゃんな白小小の言葉に対して高皓光と黄二果が憤った気持ちはもっともだ。このページの前では白小小は村の外で生きることに前向きになっていた。だから黄二果が村を見捨てて逃げようと提案したけど、断られてしまった。承諾しないことを見越しての一応の提案のはずだけど、もし本当にやっても白小小の責任は少なかったと思う。白小小が見捨てた結果村人が死ぬのと白小小が村人を自ら殺すのでは罪の重さが全く違う。また、この場面では高皓光と黄二果はろくに面識のない村人をひとかたまりに捉えているのに対し、村で生まれ育った白小小は生贄のことを知っている大人と知らない子どもという最低限の区別はつけている。

この場面で白小小がこんないい子ちゃんなことを言えたのはすべての原因が祖先の罪のせいだと思っていたからだ。三眼以上に祖先を恨んでいたからだ。

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 [第4話]屍者の13月 - 第年秒 | 少年ジャンプ+ 32/43

この次のページで三眼も白小小のいい子ちゃんぶりに憤りながら登場するけど、その理由は高皓光や黄二果とは全く違う。高皓光と黄二果は祖先の罪を子孫に償わせようとする黒山村の悪習を白小小までが受け入れている点に憤っている。実は白大は被害者の面が大きいことをまだ知らない。三眼は祖先の借りを子孫に償わせることを当然だと思っているが、西暦525年の真実を知っているので白小小が祖先を罪人として語ることに憤っている。ついでに村人の中に自分から交渉を持ちかけてきた人間がいるのも知っている。個人的にはこの罪のほうが重大だと思うし、この部分の真実を明確にしてほしかったけど、黒山村の人間と三眼の交渉は読者には具体的に示されなかった。三眼の記憶を受け継いだとはいえ、白小小にとってその部分は記憶を探る必要のないどうでもいい部分だからなんだろうけど。

第8話、第9話で白小小は本当は白家こそが祖先の借りを支払ってもらうべき立場だと思い、村の大人を殺害する。だが同じく村人である子どもは殺すことができず、先祖の借りを子孫に払わせる理論の矛盾に直面する。そして子どもたちに刺される。白小小がその理論をくだらないと吐き捨てて、自分の両親を生贄にされた点のみで村人を糾弾していれば、違った結果になったのかもしれない。しかし白小小が復讐の力を得たのはその先祖の借りを子孫に支払わせる理論によっていたため、それを自分で否定することは難しかった。