メモ帳用ブログ

色々な雑記。

鯉登音之進は救出後に「無事やったか 音之進 よう戦たな… 誇らしかど」と平二から言ってもらい、嬉し涙をこぼした。鶴見に陸軍士官学校の合格を報告した際も、平二から「まあ立派な将校になっなら海でん陸でんオイは構いもはん」と言ってもらい誇らしげだった。鯉登音之進は陸軍将校として戦って生きる道を見つけたことでようやく自分が生まれてきても良かったのだと思えるようになった。これからも生きていていいのだと思えるようになった。
平二は内心ずっと音之進に対して「生きちょりゃよか」とは思っていただろう。だが日清戦争で長男を将校として死なせてしまったのに次男を下手に甘やかしたら長男の人生を踏みにじることになりはしないか、そんな恐れがあり、なかなか自分の本心に素直になることができなかったと推察できる。だが次男も立派な戦士となったことで8年越しに顔を見て笑いかけられるようになった。次男が将校として任務中に重傷を負った際には周囲に人がいない時を見計らって「生きちょりゃよか」と言えた。
鯉登音之進は自分が生きることを父親から無条件で願われていると知った。それでも戦って生きる道は、もはや誰かに望まれたというよりも、自分が自分に望んだ生き方になっていた。だから音之進は平二に鶴見の嘘を告げ口したりはしなかった。
駆逐艦の定員は60名程度で鶴見が乗せようとした人員は16名程度。駆逐艦には元々44名程度の乗組員が乗っていた。鶴見が乗せようとした16名にはアシㇼパが含まれている。そして音之進が重症を負い、3名の兵士が杉元に殺害され、1名の兵士がヴァシリに殺害された。戦闘可能な鶴見勢力は鶴見を含めて10名。しかも武装解除している。駆逐艦の乗組員44名の一部に耳打ちし、不意打ちを行うことは十分に可能だ。鶴見と特に危険な宇佐美、月島さえ迅速に細心の注意を払って殺害すれば後の兵士には命の保証をしてもいい。なんだったら不意打ちする前にこっそりと進路を平二の知人がいる最寄りの海軍基地へ変更したり、当時すでに搭載が一般化していた無線でほかの軍艦に連絡を取ってもいい。海上駆逐艦の乗組員を皆殺しにすれば鶴見の部下だって生きては帰れない。
それでも鶴見の嘘を口外せずについていこうとした理由を音之進はアシㇼパの故郷で月島に語っている。鶴見に本当の目的があったとしても、目指す道の途中でついていく部下たちみんなを救ってくれるなら別に良い、そのためなら自分や父が利用されていたとしてもそれは構わない、のだそうだ。「同胞のために身命を賭して戦う」のは「軍人の本懐」だ。だが自分、そして月島が後悔や罪悪感に苛まれずに戦えるようになるために、鶴見の本当の目的に正義があるかは確かめておきたい。自分は鶴見と月島を「最後まで見届ける覚悟でいる」、と。