メモ帳用ブログ

色々な雑記。

もし三眼が白家の始祖とかなら南北朝時代に自分の子孫がいる村にわざわざ屍疫を蔓延させたりしない。普通に広い縄張りの見回りでもしつつ通行人やら兵士やらを食えばいい。
清末も回復してからしばらくは村人や馬賊を食っていたが、白家の子孫がいると思っていた村の人間は苦心して避けていた。そういう当たり前のことができるくらいの判断能力はある。
あと中国語の馬賊満州馬賊に限らない騎馬盗賊団や馬泥棒のことを指すけど、やはり馬賊といえば清末から中華民国期だ。村人や馬賊を食っていたら家族の安全と引き換えの生贄の提供を持ちかけられたというのだから、取り引きが行われたのは清末だろう。黒山村がそれ以前に屍者と何らかの取り引きをしていたような伝承や痕跡は一切ない。
もし過去に取り引きをしたのならその時に白家は真っ先に生贄にされたはずだし、三眼が白家の子孫に気がついて彼らだけは生贄にしないように指定したのならその伝承が残っているはずだ。さらにもしその伝承が失われて白家が生贄にされたとするなら、間違いなく三眼はその罪を指摘して村人を責めただろう。第一、この場合の白家はそれまで他人の家を犠牲にして生き延びていた罪人の村のお仲間になってしまう。