メモ帳用ブログ

色々な雑記。

最終盤の鶴見のあの素顔は、信じてついて来た部下たちすら切り捨てて、人々の幸せの伴わない上っ面だけの日本繁栄を目指す全体主義モンスターに成り果てたと思われた鶴見にも、ちゃんと人の情が残っていた、という演出意図でいいのかな。
野田先生がたびたび自分は鶴見の理解者とか味方だとかコメントしているのは、作品のテーマとして否定はするけど、当時の価値観としては日本繁栄のために部下を生贄にするのがあながち間違いとは言えないからなんだろう。自分だって昔は無駄な作戦に部下を駆り出した中央に反発してたくせにってのはあるんだけど、まあ勝負ってのはやってみないとわからないところもある。無能と批判した相手と同じ無能を晒すなんてあるあるだ。そういう闇落ちの連鎖こそが歴史だと言えないこともない。
終盤の鶴見のポジション変遷
ついて行く者を幸せにするという大義を成し遂げてくれても私情が本当の目的だったら汚れ仕事担当の部下たちは後悔しそう→
日本繁栄が真の目的らしくて嬉しい→
さっきのは演技かも→
計画は破綻しそうだし部下の精神を弄びすぎ→
真の目的が私情にしろ日本繁栄という錦の御旗にしろ計画のために第七師団を丸ごと切り捨てる人非人
権利書を掴んだということは日本繁栄が真の目的なんだろうけど上っ面だけの日本繁栄を目指す全体主義モンスターだ→
あの情溢れる顔を見る限りだと鶴見もちゃんと心で色々感じた上で今の道を選んだ人間だ→
とはいえ鶴見とアシㇼパ・杉元は選んだ道が異なるのでどちらかが死ぬまで戦う