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色々な雑記。

伊藤計劃先生の文章は小説もエッセイも面白いし、小説で、人類が糖尿病になるのは血糖により血液の凝固点を上げて血液の凍結を防ぐための氷河期に対する適応だというトンデモ説が出てきたときも気にならなかった。でもエッセイでその説が紹介されていた時は素直にガッカリした。確かに植物や両生類の中には糖やアミノ酸濃度を上げて重要な部位の凍結を防ぐものがある。これらの生物では冬季の活動停止期間中に糖の濃度が数倍から数十倍に上昇する。だが恒温動物であり冬眠中も代謝を止めることができない哺乳類において、血糖値と凍傷への耐性に関する信頼できる研究は存在しない。むしろ当然のように糖尿病は凍傷のリスクを高める。
https://www.diabetesincontrol.com/diabetic-complications-and-frostbite/
第一、血液の凝固点に有意な影響を与えるほど全身の血糖値が高くなれば哺乳類は短期間で死亡する。
伊藤計劃先生先生が影響を受けてしまったトンデモ説の出どころについては見当がついている。

もしあなたが糖尿病なら、それはおそらく17世紀の短い氷河期に端を発している。急に訪れた極寒状況で血糖値が高いために生き残った人びとの子孫であることを意味するのだ。

シャロン・モアレム先生は北欧に1型糖尿病が多いことなどそれらしい符合を挙げてはいるが、それだけだ。1型糖尿病の大半が急性発症型で数ヶ月以内にケトアシドーシスに陥ることを軽視しすぎている。糖尿病と氷河期の関係を考えたいなら、氷河期による食生活の変化と生活習慣病である2型糖尿病の関連性を考えたほうがまだしも意義があるだろう。
トンデモ説を取り上げてもフィクションの質に直接の影響はない。しかしエッセイの質には関わる。ただ伊藤先生の場合は度々取り上げるほどにこんな説に感銘を受けてしまった背景が明白だ。その背景が伊藤先生の作品の深みにもつながっている。
あるエッセイのちょっとした過誤から作者の作品全体の深みの裏側にあるものをうかがい知れることがある。