メモ帳用ブログ

色々な雑記。

前も書いたけど、アシㇼパの故郷で鯉登が月島に言ったことは、正義があれば罪悪感は生じないという意味でなく、正義があれば罪悪感を乗り越えられるという意味だと思う。
この漫画では、自分で犯した殺人で罪悪感が生じているのにそれと向き合い乗り越えるための自分の道理や正義がない状態を不健康だとしている。大義ある命令に表面上は従っていても、そこに自分が納得できる理屈を見出せなければ駄目なのだ。だからついて行くみんなを幸せにするという大義は信じていても鶴見のことを信頼しきれなくなった月島は苦しんだ。
雑誌版では致命傷を負わせたキロランケから目を背けてしまった谷垣が単行本版では正面から見据えるように変更されたのもこうした文脈による理由だと思う。野田先生は谷垣の行為は谷垣の正義だから後ろめたさを感じていると思われたくなかったとしている。谷垣は自分なりの正義で殺人をし、自分なりの正義で罪悪感と向き合おうとしている。それなのに後ろめたさのために罪悪感から目を背けていると誤解されればテーマが歪んでしまう。